日経サイエンス  2010年9月号

世界を養う改良キャッサバ

N. ナサール(ブラジリア大学) R. オルティス(国際トウモロコシ・コムギ改良センター)

 米や小麦が重要な食糧資源であることは周知の通りだが,キャッサバという低木になる芋が世界中で8億人もの人々の主食になっていることはあまり知られていない。キャッサバにはタピオカ,マニオク,ユカ(多肉植物のユッカとは別物)など,さまざまな呼び名がある。キャッサバの栽培にはお金も手間もかからず,痩せた土地でも栽培できるとあって,貧しい熱帯地域で特に人気が高い。各家庭は小さな畑でキャッサバを育て,さまざまな料理に使っている。アジアと中南米の一部では,家畜の飼料やデンプン製品の原料にするための商業的な栽培も行われている。

 

 一見,キャッサバは便利で優れた作物に思えるかもしれないが,いくつかの問題点もある。非常に傷みやすく,収穫後,加工しない状態で長期間保存できない。挿し木で増やすことが多いため,1つの地域に同じ遺伝情報をもつクローンばかりが増えている傾向がある。クローン同士は害虫や病気の被害を一斉に受けやすいという弱点がある。そして何よりも問題なのは,この芋にはタンパク質やビタミン,鉄といった栄養素がほとんど含まれていない点だ。キャッサバだけに頼りすぎていると,栄養失調に陥る危険がある。だが逆に,病害虫に強く栄養豊富なキャッサバ品種があれば,発展途上国の栄養問題を改善できるかもしれない。

 

 この可能性にいち早く気付いた著者らは,従来の育種技術を使ってキャッサバとその近縁野生種をかけ合わせ,より丈夫で生産性と栄養価が高い新品種を開発してきた。高タンパク質品種や,地下深い水源にまで根が伸びる半乾燥耐性の品種など,有用なキャッサバ品種がすでにいくつか生まれている。先進国も徐々に興味を持ち始め,遺伝子組み換え技術で栄養価の高いキャッサバをつくり出すことにも成功している。ゲノムプロジェクトも行われており,開発はさらに進みそうだ。

 
 
再録:別冊日経サイエンス205「食の探究」

著者

Nagib Nassar / Rodomiro Ortiz

カイロ出身のナサールはエジプトのアレキサンドリア大学で遺伝学のPh. D. を取得。1975年からブラジリア大学でキャッサバの研究をしている。彼が作った品種はブラジルの農家で使われており,アフリカのキャッサバ育種家にも輸出された。オルティスはペルーのリマ出身。ウィスコンシン大学マディソン校で植物育種と遺伝学のPh. D. を取得し,メキシコのテスココにある国際トウモロコシ・コムギ改良センターで資源動員部長を務めていた。

原題名

Breeding Cassava to Feed the Poor(SCIENTIFIC AMERICAN May 2010)

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