日経サイエンス  2010年9月号

アルツハイマー病を食い止める 発症前治療の可能性

G. スティックス(SCIENTIFIC AMERICAN 編集部)

 社会の高齢化にともない増え続けるアルツハイマー病。だが,この病気には効果的な治療法がまだない。これまでにいくつもの新薬候補が臨床試験に上がっているのだが,失敗に終わるケースが多い。その理由の1つに,治療開始時期が遅いことも原因にあると考えられている。というのは,この病気の進行は認知症の症状が表れる何年も前から始まっていることがわかってきたからだ。このような背景のもと,認知症の症状が表れる前に薬を投与して効果を試すという新しい予防研究が始まろうとしている。

 

 治療を早い段階から始めるためには,病気の隠れた徴候をつかむことが必須だが,これは「バイオマーカー」と呼ばれる生物的な指標を測定することによってとらえることができる。病気の初期に脳内のニューロンで蓄積するタンパク質断片(アミロイドβ)や,ニューロンにダメージを与える繊維塊(タングル)など,病気の進行に伴って増減する因子がバイオマーカーの例だ。試験中の薬の評価方法を開発してきた「アルツハイマー病脳画像診断イニシアチブ(ADNI)」では,症状が表れる前の段階で何が起きているのかをバイオマーカーから調べ,診断の指標を定めようとしている。

 

 アルツハイマー病になりやすい人を対象に発症前治療を始め,予防効果を調べようとする試みもある。早ければ来年から始まる世界最大規模の家族性アルツハイマー病の家族集団を対象とした臨床試験では,アルツハイマー病になりやすい変異遺伝子を持つまだ健康な40歳前後の人に,アルツハイマー病患者ですでに安全性が確認されている抗アミロイド療法(薬またはワクチン)を施す。この試験では,治療の有効性をバイオマーカーから評価できるかどうかも調べる予定だ。薬によってバイオマーカーが予想通り変化したとしても,患者が全くよくならないということもありうる。そのため,被験者が認知症になる可能性をバイオマーカーからきちんと予測できなくてはならない。

 

 一方で,薬だけでなく生活習慣を予防対策に取り入れようとする動きもある。カリフォルニア州サンタバーバラに設けられた「認知フィットネスと革新的治療(CFIT)センター」という施設では,軽い記憶障害のある人や病気を気にしている健常者に対し,生活をどのように変えたら認知症を回避できそうか,あるいは実際に認知症がやって来たときにうまく対処できるか,これまでの研究成果に基づき最良のアドバイスを個別に提供している。食事や運動,頭を使うゲームなどに着目したCFITの予防方法は,米政府が出資する厳しい臨床試験で綿密に調べられる予定だ。この試験で食事や運動が本当にアルツハイマー病の進行を遅らせることできるのか,あるいは疫学的研究の結果が単なる統計的な偶然にすぎないかどうかがわかるだろう。

原題名

Alzheimer's: Forestalling the Darkness(SCIENTIFIC AMERICAN June 2010)

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