日経サイエンス  2010年7月号

イザというときの“携 to 携”ネットワーク

M. エフロス(カリフォルニア工科大学) A. ゴールドスミス(スタンフォード大学) M. メダール(マサチューセッツ工科大学)

 いつでもどこでも携帯電話がつながり,ネットを見ることができるのが当たり前──そんな感覚で生活するようになって久しい。だが実は携帯や情報端末は,それが一番必要な時に機能してくれない。その典型が,大地震などの大災害時だ。基地局などの固定インフラが破壊されてしまえば,たとえ個々の端末は正常に動いても,通信は一切できなくなる。それ以外でも,停電時や人里離れた僻地など,固定インフラが機能停止したり,そもそも存在しないような状況は案外ある。

 

 そんな時,固定インフラなしで通信ができる「アドホック・ネットワーク」のアイデアが注目を集めている。携帯などが基地局を介さず,端末から端末へと情報を受け渡すことで通信網を構築する,いわば“携 to 携”方式のネットワークだ。ここ数年でネットワーク理論の進展して開発が加速,大都市で実際に大規模なアドホック・ネットワークを運用する事例も出始めた。

 

 だがアドホック・ネットワークに課せられた仕事は難しい。ネットの中にある端末は,自分のメッセージの送受信だけでなく,ほかの端末が発したメッセージの受け渡しもしなくてはならない。端末は常時動き回っており,通信できる相手はすぐに入れ替わる。最終受信者となる端末が,どこにいるのかもわからない。各端末はそんな中で,受け取ったメッセージを次にどこに送るべきか,速やかに判断しなくてはいけない。

 

 どこに送るにしても,その経路が途中で途切れない保証はない。そうなってもメッセージが失われないよう,内容を小分けにして別々の経路に送り出し,どこかが途絶しても受け手側でメッセージを再構築できるようにする必要がある。それには「ネットワーク符号化」と呼ばれる賢い送信方法が有効だ。

 

 また複数の端末が一斉に発信しても,そのすべてを聞き分けるられるよう,通信のタイミングや出力を調整しなくてはいけない。こうした調整作業そのものにも通信は必要で,本来の通信とどうバランスを取るかが課題になる。

 

 アドホック・ネットワークの課題は多く,その性能の限界も未解明だ。だが,その解明めの技術は進展しており,今後”携 to 携”ネットワークの普及を進める武器となるだろう。

 

 

再録:別冊日経サイエンス212「サイバーセキュリティー」

著者

Michelle Effros / Andrea Goldsmith / Muriel Médard

3人は長年にわたる共同研究者で友人どうしでもある。エフロスはカリフォルニア工科大学電気工学科教授。ゴールドスミスはスタンフォード大学電気工学科教授で,無線ネットワーク技術の開発会社クアンテナ・コミュニケーションズの設立者の1人でもある。メダールはマサチューセッツ工科大学電気工学・コンピューター科学科教授。

原題名

The Rise of Instant Wireless Networks(SCIENTIFIC AMERICAN April 2010)

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