日経サイエンス  2010年7月号

知られざるトリュフの世界

J. M. トラッペ(オレゴン州立大学) A. W. クラリッジ(豪ニューサウスウェールズ州環境気象水文研究所)

 人類とトリュフの関係は古くより知られ,エジプトのクフ王の食卓にも上ったと伝えられる。アラビアの遊牧民ベドウィン族,カラハリ砂漠のブッシュマン,オーストラリアの先住民アボリジニ──彼らは皆,先祖代々ずっとトリュフを採ってきた。ローマ人もその風味を楽しみ,トリュフを「稲妻の贈り物」と考えていたようだ。

 

 現代の美食家は,トリュフの土臭い芳香と風味を珍重し,金に糸目をつけない。イタリアのシロトリュフは1kgあたり3000ドル以上もする。昔も今もトリュフは人々の憧れの的なのだ。一方,珍味としての興味とは裏腹に,トリュフの生態は長い間多くの謎に包まれていた。しかし,最近20年ほどの遺伝子解析や野外調査によって,多くのトリュフの生態が明らかにされた。そして,研究が進展するにつれ,トリュフが生態系の営みの中で大切な役割を果たしていることがわかってきた。

 

 トリュフやキノコを形成する菌類の多くは,「菌糸」と呼ばれる糸状の組織を土壌中に張り巡らせ,樹木の細根に共生して「菌根」を形成する。菌糸は樹木の根よりもはるかに細くて長いため,根が届かないような土壌のすきまにも入り込むことができる。無数の菌糸は土壌中から効率よく養分や水分を吸収し,これが菌根を通して樹木に供給される。かわりに樹木は,光合成で作った糖類やほかの有機物を菌類に提供してその生命活動を支えている。つまり,この共生は菌と樹木の双方に利益をもたらす親密な関係なのだ。

 

 私たちが普段“キノコ”と呼んでいるのは,菌類が胞子をばらまくための「子実体」だ。トリュフは子実体を環境の安定している地中に作ることを選んだ。そのかわり,普通のキノコのように,風で胞子を飛ばすことができなくなったので,秘策を講じることにした。芳しい香りで動物を誘い,掘り出して食べてもらうことで散布するのだ。

 

 あわせて,日本にも存在するトリュフについて,東京大学アジア生物資源研究センターの奈良一秀先生に紹介してもらった。

 

 

再録:別冊日経サイエンス205「食の探究」

著者

James M. Trappe / Andrew W. Claridge

トラッペは米国森林局の名誉研究員で,オレゴン州立大学森林科学科の教授を務める。これまで五大陸でトリュフを探し,140種以上の新種を報告した。多くの人が釣りにばかり行ってトリュフを探そうとしないことが,彼には不思議で仕方ない。クラリッジはオーストラリアのニューサウスウェールズ州環境気象水文研究所の主任研究員。彼は20年以上にわたって動物と菌類の生態的な関係について研究をしている。

原題名

The Hidden Life of Truffles(SCIENTIFIC AMERICAN April 2010)

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