日経サイエンス  2010年7月号

うつ病,強迫性障害,PTSD……見えてきた脳の原因回路

T. R. インセル(米国立精神衛生研究所)

 うつ病などの精神病患者は,悪霊にとりつかれている,危険人物だ,意志が弱い,親の育て方が悪かったなど,時代ごとにいろいろな汚名を着せられてきた。精神疾患は脳に明確な損傷が見られないため,純粋に「精神的なもの」と考えられてきたためだ。そしてその治療法といえば,心理面からのアプローチのみだった。

 しかし,脳画像などによる研究が進み,精神疾患は心ではなく,「脳神経回路」の病であることが明らかになってきた。例えば,うつ病では前頭前皮質の「領野25」と呼ばれる領域の活動が過剰になっていることが脳画像から見てとれる。また,治療後に症状の改善が見られた場合には,この領域の活動は低下するという。

 領野25は恐怖や記憶,自尊心をつかさどる他の脳中枢の活動レベルを感知・調整している。したがって,領野25が機能不全に陥ると,こうした脳中枢の活動が調整されなくなってしまう。うつ病は領野25における異常な活動が関係する回路障害なのだ。

 精神医学は,精神的現象に基づく学問分野から,神経科学へと移行しつつある。精神疾患が科学的に解明されることで,精神疾患の早期診断やより根本的な治療への道が拓かれ,精神疾患に一般の人々が抱くイメージが変わり,数百万人に上るといわれる世界中の患者が真に苦痛から解放されるときが来るだろう。

 

 

 

再録:別冊日経サイエンス184「成功と失敗の脳科学」

著者

Thomas R. Insel

精神科医で神経科学者。米国立精神衛生研究所の所長を務める。初期の臨床研究で強迫性障害におけるセロトニンの役割を明らかにし,社会的な絆の形式や愛着といったものの神経生理学的な基礎として,オキシトシンなどの物質の脳受容体が重要であることを動物実験で示した。彼は気分障害の神経回路の新発見について述べる際(すべての研究においてもそうだが),神経活動と行動の相互関係を強調することで,生物学と心理学の間の溝を埋めようとしている。

原題名

Faulty Circuits(SCIENTIFIC AMERICAN April 2010)

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