日経サイエンス  2010年7月号

ここまで来たiPS細胞 動き始めたオールジャパン体制

詫摩雅子(編集部)

 今春,京都大学にiPS細胞研究所(CiRA;サイラ)が設立され,5月8日に拠点となる研究棟の竣工式が行われた。iPS細胞(人工多能性幹細胞)だけに特化した研究所だ。霊長類研究所,基礎物理学研究所など,ほかの附属研究所の名前と並べると,その特殊性が際立つ。国はヒトiPS細胞の樹立成功の2カ月後には前身である研究センターを設置するなど,「オールジャパン体制」を掲げ,支援をしてきた。新研究所の設立も,iPS細胞に対する国の“本気ぶり”をうかがわせる。

研究所の設立で,京大の内外であちこちに分散して研究していた18グループ,約120人が1カ所に集約された。研究棟の3~5階は各研究グループの実験台が間仕切りなしで並ぶ「オープンラボ」となっている。また,所長室をはじめ,どの部屋も廊下側の壁はガラスになっており,ブラインド越しに中の様子がうかがえる。山中教授が強く望んでいた「隣が何をしているのかが見える」構造で,グループどうしの交流が飛躍的に進むと期待できる。

 前身のiPS細胞研究センターから研究所への格上げで,事務部門も大幅に強化された。知財の確保や外部機関との研究連携など,増える一方の事務処理もこなせる体制になった。すでに2月には引っ越しを終え,スタッフは新しい研究所での研究生活を始めている。 研究所の略称CiRAの最後のAはApplication(応用)を表す。「(臨床応用をして)実際に患者さんの治療の役に立つことが目標」という山中教授の強い思いの表れだ。「いたずらに患者さんを期待させてはいけない」と臨床応用に関しては慎重な物言いをずっと続けてきた山中教授だが,竣工式のあいさつでは,「10年以内に,iPS細胞から生まれた治療法が臨床研究に入るようにしたい」と決意を口にした。

 当初からiPS細胞には,発生現象を知る生物学的な基礎研究のほかに,大きく分けて3種類の利用法が考えられていた。「創薬での安全性・効果の試験」「発病メカニズムの解明と治療法の開発」「再生医療」の3つだ。このうち,創薬の安全性試験での利用は,そのための細胞(ヒトiPS細胞由来の心筋細胞など)がすでに日本でも市販されている。新薬候補物質の安全性を調べるためのもので,深刻な不整脈が生じないかどうかを調べる。

 病気のメカニズムに関する研究も盛んで,例えば,慶應義塾大学の岡野栄之教授らは順天堂大学の服部信孝教授らと共同で,パーキンソン病の研究にiPS細胞を使って取り組んでいる。

 

 

再録:別冊日経サイエンス177「先端医療をひらく」

サイト内の関連記事を読む

キーワードをGoogleで検索する

iPS細胞人工多能性幹細胞京都大学iPS細胞研究所CiRAヒト幹細胞を用いる臨床研究ガイドラインエピジェネティクス