日経サイエンス  2010年6月号

対談

細菌によって変わる虫たち

深津武馬(産業技術総合研究所) 茂木健一郎(ソニーコンピュータサイエンス研究所)

 ミクロネシアのある島では,ある種のチョウの90%以上がメスだ。実は皆,ボルバキアという細菌に感染している。この細菌に感染すると,オスの卵はみな死んでしまい,メスだけが生き残るので,個体のほとんどがメスになってしまうのだ。ボルバキアはこうした「オス殺し」だけでなく,性転換を起こすこともある。日本にもいるキチョウがこれに感染すると,染色体がオスでも卵巣が発達し,ほかのオスと交尾して子孫を残せるようになる。

 

 1匹の虫の体の中には無数の微生物がすんでいる。虫と共生するそうした微生物たちは,見えないところで宿主の性質を司っている。微生物に感染することで,虫の食べるものから行動,体の色や性別まで変わってしまうことがあるのだ。

 

 産業技術総合研究所の深津武馬さんは,そうした共生関係を研究している。共生する微生物の中には,宿主に必要な栄養を供給したり,外敵から身を守る毒を作ってやるものもあれば,逆に宿主を体内から食らい尽くし,殺してしまうものもいる。両者の関係は様々だが,虫のほぼ100%が,共生微生物によって何らかの影響を受けているという。

 

 ちなみに,「オス殺し」をする共生微生物は知られているが,「メス殺し」をするものはまだ見つかっていない。ちょっと不公平なようだが,実は「オス殺し」は,共生微生物にとっては極めて合理的な戦略なのだ。虫と微生物の知られざる共生関係から見えてくる,生物の知られざる一面を明らかにする。


「茂木健一郎の科学の興奮」に収載

ゲスト:深津武馬(ふかつ・たけま)
産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門 生物共生進化機構研究グループ長。1966年,東京都生まれ。94年東京大学大学院理学系研究科動物学専攻課程修了,理学博士。生命工学工業技術研究所(現産総研)入所。2004年より現職。筑波大学大学院准教授を兼務。著書(分担執筆)に『生物の生存戦略』(クバプロ),『生態と環境』(培風館)などがある。テレビや講演などで,一般向けの解説も積極的に行っている。

ホスト:茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)
ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年,東京都生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了,理学博士。理化学研究所などを経て現職。東京工業大学大学院客員教授。専門は脳科学,認知科学。「クオリア」をキーワードに脳と心の関係を研究している。著書に『脳とクオリア』(日経サイエンス社),『脳と仮想』(新潮社)ほか多数。

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