日経サイエンス  2010年6月号

浮かび上がる脳の陰の活動

M. E. レイクル(ワシントン大学)

 私たちの脳は,話をする,本を読む,といった意識的な仕事を行っているときだけ活動し,何もせずぼんやりしているときは脳もまた休んでいると考えられてきた。ところが最近の脳機能イメージング研究によって驚くべき事実が明らかになった。安静状態の脳で重要な活動が営まれていたのだ。しかも,この脳の「基底状態」とも言える活動に費やされているエネルギーは,意識的な反応に使われる脳エネルギーの20倍にも達するという。

 

 この脳活動の中心となっているのは,「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」と呼ばれる複数の脳領域で構成されるネットワークで,脳内のさまざまな神経活動を同調させる働きがある。自動車が停止してもいつでも発進できるようエンジンを切らないでおくのと同じように,これから起こりうる出来事に備えるため,さまざまな脳領域の活動を統括するのに重要な役割を果たしていると考えられている。

 

 DMNは意識的な行動をするうえで重要な役割を果たしており,ある実験では,DMNの活動を観察することによって,被験者がミスをするかどうかを30分前に予測できたという。さらに興味深いことに,DMNの異常がアルツハイマー病やうつ病などの神経疾患とも関係するようだ。アルツハイマー病患者で顕著な萎縮が見られる脳領域は,DMNを構成する主要な脳領域とほとんど重なっている。安静時の脳活動を研究することによって,意識や神経疾患を理解するための新たな手がかりが得られるだろう。

 

 

再録:別冊日経サイエンス191 「心の迷宮 脳の神秘を探る」

著者

Marcus E. Raichle

ワシントン大学医学部(セントルイス)の放射線科と神経科の教授。長年にわたりPETとfMRIを用いて非侵襲的にヒトの脳機能を研究してきた。1992年から米国医学院会員に,1996年から米国科学アカデミー会員に選出されている。著書に「脳を観る 認知神経科学が明かす心の謎」(日経サイエンス)がある。

原題名

The Brain’s Dark Energy(SCIENTIFIC AMERICAN March 2010)

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