日経サイエンス  2010年4月号

対談

物理学を認識論にする

細谷曉夫(東京工業大学) 茂木健一郎(ソニーコンピュータサイエンス研究所)

 今の物理学は,神の目線でできている。宇宙全体をあたかも外から見ているかのように,第三者的に記述する。宇宙物理学者の細谷暁夫は,そこに疑問を投げかける。「我々は宇宙の中にいる。宇宙を外から見るのではなく,まず宇宙を我々という小さな存在と残りの大宇宙とに分けて,その間の相互作用を考えて理論を作るべきではないのか」。

 

 脳科学者で,物理学の博士号を持つ茂木健一郎氏が,宇宙物理学者の細谷暁夫氏に今の物理学の限界と,その突破口について聞いた。

 

 神の目線の物理学には,宇宙は実体としてそこに存在し,誰がどこから見ても同じものだという暗黙の了解がある。だが現代物理の根幹である量子力学によれば,それは必ずしも正しくないという。量子力学を出発点にするのなら,神の理論で宇宙を語り,観測した時にどうなるかを考えるのではなく,最初から人間の観測が組み込まれた理論で宇宙を記述すべきではないか,と細谷氏は語る。それは物理学を存在論から認識論に変える試みでもある。その手がかりになると見ているのが,イスラエルの物理学者アハラノフが提唱した「弱い測定」だ。物理学の本質と人間の認識とのかかわりを探る,知的興奮に満ちたダイアローグ。

 

 

「茂木健一郎の科学の興奮」にも収載

ゲスト:細谷曉夫(ほそや・あきお)
東京工業大学理工学研究科基礎物理学専攻教授。1946年,愛知県生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了,理学博士。1974年大阪大学助手。ロンドン大学博士研究員,大阪大学助教授,広島大学教授を経て90年から現職。専門は宇宙物理学と量子情報科学。父は哲学者の細谷貞雄で,哲学にも造詣が深い。著書に『時空の力学 一般相対論の物理』(岩波書店)など。

ホスト:茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)
ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年,東京都生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了,理学博士。理化学研究所などを経て現職。東京工業大学大学院客員教授。専門は脳科学,認知科学。「クオリア」をキーワードに脳と心の関係を研究している。著書に『脳とクオリア』(日経サイエンス社),『脳と仮想』(新潮社)ほか多数。

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