日経サイエンス  2010年3月号

ツンドラの湖に潜むメタン

K. W. アンソニー(アラスカ大学フェアバンクス校)

 シベリアのツンドラなど北極圏で長期間にわたって凍りついている地面は永久凍土と呼ばれる。世界の陸地の20%を占めるこの凍てついた大地には,地下数十mの範囲だけでも約9500億トンもの炭素が蓄えられている。数万年の時をかけて蓄積された植物や動物の遺骸に含まれている炭素だ。こうした炭素が,たくさんの湖の合間やそれらの湖底で凍ったままでいるうちは問題ない。炭素は安全に大気から隔てられている。

 

 だが,温暖化が進んで永久凍土が解け始めると,それまで氷に閉ざされていた炭素にまで微生物がたどり着けるようになる。そうなると,微生物は炭素をどんどん分解してガスを発生させる。要するに冷凍庫のドアを開け放しているのと同じだ。長時間ドアを開け放していると,凍っていた食品が解けて腐り始める。湖底にたまった堆積物のように水に浸かった土壌の中では嫌気性菌による分解が進み,メタンができる。メタンガスの分子は湖の底で泡となり,水中を上昇,湖面ではじけて大気中に入り込む。

 

 メタンは強い温室効果を持つ。1分子当たりの温室効果は二酸化炭素の25倍にもなる。今後,温暖化が地球規模で進んで永久凍土の解けるペースが速まれば,ほとんどのモデルの予測より速く温暖化が進行する可能性がある。私たちの研究データと,他の研究者らによるデータ分析の結果を考え合わせると,その悪い予想が当たりそうな雲行きだ。

 

 

再録:別冊日経サイエンス197「激変する気候」

著者

Katey Walter Anthony(Katey M. Walterから改姓)

アラスカ大学フェアバンクス校の水・環境研究センター教授。アラスカと調査フィールドのシベリアとの間を行き来しながら暮らし,融解した永久凍土や北極圏の湖から放出されるメタンとCO2について研究している。

原題名

Methane: A Menace Surfaces(SCIENTIFIC AMERICAN December 2009)

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