日経サイエンス  2010年3月号

深海底のロストシティーが語る生命の起源

A. S. ブラッドリー(ハーバード大学)

 21世紀を間近にひかえた2000年12月,海底で新発見があった。大西洋中央海嶺から西に15kmほどの地点にあるアトランティス岩体を調べていたところ,まったく新しいタイプの熱水噴出孔が見つかったのだ。20階建てのビルに相当する白い柱が林立するその噴出孔は「ロストシティー」と名付けられた。

 

 そのユニークさはそれまで知られていた熱水噴出孔と比べるとよくわかる。ブラックスモーカーと呼ばれるそれまで見つかっていた噴出孔からは強酸性で400℃以上のまさに熱水が噴き出ていた。こんな荒々しい環境にもかかわらず,ブラックスモーカーのまわりには1mを超えるチューブワームやカニなど,生き物がひしめいていた。

 

 一方,新発見のロストシティーは強アルカリ性で,温度は90℃まで。何よりも大事なのは,ここでは生物の力を借りずにメタンやプロパンなどの有機物が作られていること。そして,エネルギーに富んだ水素ガスが噴き出ていることだ。さらにロストシティーには,太陽エネルギーにも,それを利用した光合成の産物である酸素にも頼らない微生物たちが独自の生態系を作っていた。

 

 最初の生命が誕生した場所は,このロストシティーのような環境だった可能性があると大いに注目を集めている。

 

 

再録:別冊日経サイエンス185 「進化が語る現在・過去・未来」

著者

Alexander S. Bradley

2008年にマサチューセッツ工科大学で地球科学のPh. D. を取得。博士論文のテーマは,ロストシティーとイエローストーン国立公園の熱水系における有機化合物の研究。現在,ハーバード大学アグロン研究所の研究員。微生物学と地球化学の間に橋を架け,地球の歴史と環境を理解しようとしている。そのための手法の開発にも取り組んでいる。

原題名

Expanding the Limits of Life(SCIENTIFIC AMERICAN December 2009)

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