日経サイエンス  2010年2月号

フロレス原人の謎 人類はアジアにいつ来たのか

K. ウォン(SCIENTIFIC AMERICAN編集部)

 2003年,インドネシアのフローレス島にある洞窟から,驚くべき化石が見つかった。1万8000年前の成人女性のほぼ全身の骨格だ。際立った特徴はそのサイズで,身長は1mほど。脳の大きさも現代人の1/3程度で,チンパンジーと大差ない。発掘した研究チームは,この化石を新種の人類として「ホモ・フロレシエンシス(フロレス原人)」と名付け,ホモ・エレクトスの子孫であるとした。ホモ・エレクトスは,私たちの祖先でもある化石人類で,身体つきは現生人類に似ている。

 

 フロレス原人が発表されたばかりのころは,これは新種の人類ではなく,私たちと同じホモ・サピエンスで,何らかの病気で身体や脳が成長しなかっただけだと主張する研究者もいた。同じ地層からは,狩猟や獲物の解体に使われたと思われる石器も多数見つかっており,獲物となった小型のゾウの骨や火で調理した痕跡もあった。チンパンジー並みの脳サイズの生き物としては,あまりに高度な行動と考えられたのだ。

 

 「病気のホモ・サピエンス説」はそれほど優勢にはなっていないが,当初の「ホモ・エレクトスの子孫説」もここに来て揺らいでいる。見つかった全身骨格をよく調べてみると,頭骨はまぎれもなくホモ属のものに見えるが,足はもっとずっと古い数百万年前のアウストラロピテクスや,類人猿に似た特徴さえ見つかった。別のチームによる研究でも,フロレス原人はホモ・エレクトスの子孫ではなく,ホモ・ハビリスなどもっとさらに古いホモ属の末裔とされた。

 

 そうだとすると,身体や脳の小ささは,簡単に説明がつく。ただし,人類学上のきわめて大きな定説がひっくり返ることになる。人類はアフリカで誕生し,十分に身体や脳が大きくなったホモ・エレクトスになってから初めて,アフリカ大陸を離れてほかの大陸へ移住したと考えられていたからだ。アジアに最初に来た人類は,どのような姿で,それはいつだったのか? 決定的な証拠が見つかるまで,フロレス原人をめぐる議論は決着しそうにない。

 

 

再録:別冊日経サイエンス194「化石とゲノムで探る 人類の起源と拡散」

原題名

Rethinking the Hobbits of Indonesia(SCIENTIFIC AMERICAN November 2009)

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