
グーグルなどの検索エンジンは,利用者が入力したキーワードをすべて記録している。入力の記録から,あなたが例えば東京に住んでおり,自動車とファッションに関心が高い男性だといったことを推定し,あなたの心をそそる広告を画面に表示する。その広告料で検索にかかるコストをまかない,収益を上げているのだ。だが検索キーワードは雄弁だ。データベースにはもしかして,あなたの密かな興味の対象も記録されているかもしれない。利用者は番号によって管理され,プライバシーは守られていると検索エンジン側は主張するが,個人情報が絶対に漏れないという保証はないのだ。
この問題は,量子力学を利用した新しい検索エンジンによって解決できるかもしれない。筆者らは検索のキーワードを,第三者はもちろん,グーグルにすら知られずに情報を検索できる「量子グーグル」を考案した。
光子や電子などの微小な物質でできた量子システムは,複数の状態を同時に実現できる。例えば原子はあちこちに同時に存在し得るし,光子は水平と垂直,両方の偏光を同時に示せる。現在のデータビットは0または1のどちらかの値しか表せないが,量子のビットなら0と1の両方を同時に表せる。
量子状態をそのままコピーすることはできないので,量子ビットを使った通信の中身を記録すれば,その痕跡が必ず量子ビットに残る。この性質を利用してデータを第三者から秘匿してやり取りする暗号通信が,すでに実現している。だが単にグーグルに送るキーワードを暗号化しただけでは,グーグル自体がキーワードを記録することは防げない。
量子グーグルでは,利用者が本当の質問と,コンピューターが自動生成したダミーの質問を一緒にして送信する。検索側はデータベースから2つの質問に対する答えを取り出し,元の質問とともにパッケージにして送り返す。もし検索エンジンが質問をコピーすると,戻ってきた質問にその痕跡が残るので,利用者にバレる。質問を物理的に読み取らず,その内容に一切触れないまま答えを返せるのが,量子グーグルの特徴だ。
実現には(1)多数の利用者と検索エンジンを結ぶ量子インターネット (2)約30個の量子ビットを備えた小規模な量子コンピューター (3)2つの質問に同時に答えを返す量子RAM──の3つが必要だ。(1)と(2)の技術は現在研究が進んでおり,今後5~10年程度で実現するとみられる。筆者らはこのほど,(3)の基本設計を提唱した。現在のRAMはデータをツリー構造に整理して記録しており,ある場所のデータを読みに行く時には経路の分岐点にあるスイッチを全部切り替えてデータへの経路を開くが,量子RAMでは経路を通りながら途中のスイッチを切り替え,逐次的に経路を開いていく。操作するスイッチ数が大幅に減り,エラーに弱い量子システムでも実現しやすいという。最近,イタリアのグループが小規模な量子RAMを試作して,動作を確認した。
量子グーグルが実現すれば,利用者は検索内容を明かして無料で検索するか,内容を秘密にして有料で検索するかのどちらかを選べる。筆者がこのアイデアをグーグル創業者に語ったところ,彼らは関心を示したという。検索の秘密を守る量子グーグルは,実現可能なアイデアだ。
著者
Seth Lloyd
マサチューセッツ工科大学機械工学科教授(彼自身はしばしば「量子技術者」と自称する)。同大学のW. M. ケック極限量子情報理論研究センター所長を兼任する。量子計算の最初の理論モデルの1つを構築した。ほかの複数のグループと共同で,量子コンピューターおよび量子通信システムの構築に取り組んでいる。著書に「Programming the Universe」(Knopf,2004年)がある。
原題名
Privacy and the Quantum Internet(SCIENTIFIC AMERICAN October 2009)
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