日経サイエンス  2010年1月号

パンデミック対策のカギ ワクチン増強剤

N. ギャルソン(グラクソ・スミスクライン・バイオロジカル) M. ゴールドマン(ブリュッセル自由大学)

 新型インフルエンザが猛威を振るっています。優先順位の高い人からワクチン接種が始まりましたが,希望者数に対して数が足りないことから医療現場では混乱も見られるようです。今回の新型インフルに対する国内ワクチンには使われていませんが,ワクチンにはその効果を高める増強剤があるのをご存知でしょうか? 実は,輸入ワクチンには使われています。増強剤を使うと,1人あたりの接種量を減らすこともできるので,今回のように,ワクチンが不足しているときには大いに威力を発揮します。

 

 その強力な助っ人の名は「アジュバント」。ビタミンEやある種の脂質などいろいろなタイプがあり,欧米でよく使われているアルムには70年の歴史があります。とはいえ,ここに来てがぜん注目を集めているのにはもちろん理由が…。

 

 長い間,なぜアジュバントがワクチンの効果を高めるのか,詳しくわかっていませんでした。激しい炎症を招くといった副作用が出ることも多く,製薬会社は新しいアジュバントの開発に対してそれほど熱心ではなかったというのが実状です。

 

 こうした状況を変える契機となった要因は2つ。1つは1980年代のエイズの出現です。原因となるHIVに対するワクチンを作ろうと,あらゆる知識が総動員され,考えつくすべてのアイデアが試されました。このとき,新規アジュバントの探索も進み,貴重なデータが集まったのです。

 

 もう1つは,90年代に入り,「自然免疫」に対する理解が格段に高まったこと。大阪大学の審良静男教授らによる功績が大きい研究分野です。これによって,免疫系はどう働くのか,アジュバントはなぜ効くのかが少しずつわかり,アジュバントを設計することが可能になったのです。

 

 適切なアジュバントを使えば,高齢や疾患のために免疫力が低下した人や,まだ十分に発達していない乳幼児など,一番必要性が高いのに,既存のワクチンでは十分効果が得られないような人たちにも感染予防効果が期待できます。さらには,マラリア病原虫やがん細胞へのワクチンなどにも,アジュバントが期待され,臨床試験ではよい結果が得られています。

 

 

再録:別冊日経サイエンス188 「感染症 新たな闘いに向けて」

著者

Nathalie Garcon / Michel Goldman

ギャルソンは過去20年にわたり新しいアジュバントの開発をリードしてきたワクチンメーカー,グラクソ・スミスクライン・バイオロジカル(GSKB)でグローバル・ワクチン・アジュバント・センターの所長を務めている。免疫を専門とする薬学者で,1990年の入社以来,同社のアジュバント開発プロジェクトを統括している。ゴールドマンはベルギーにあるブリュッセル自由大学の免疫学の教授。ヒトの免疫系,特にワクチンやアジュバントの有効性と密接に関係している樹状細胞やトール様受容体のシグナル調節因子の専門家。2009年9月まで,GSKBが一部資金を拠出している医学免疫学研究所の所長を務め,現在は欧州委員会が欧州製薬団体連合会と共同で運営する革新的医薬イニシアチブ(IMI)の理事長。

原題名

Boosting Vaccine Power(SCIENTIFIC AMERICAN October 2009)

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トール様受容体アジュバントマラリア