日経サイエンス  2009年12月号

特集:「起源」に迫る

宇宙の起源

宇宙論

M. S. ターナー(シカゴ大学)

 宇宙を生み,形づくったプロセスは何だったのか? 最新の宇宙論研究が究極の答えに迫りつつある

 

 宇宙は空間的にも時間的にも大きく,人類史の大半において観測装置と想像を超えた存在だった。しかし20世紀,その状況は劇的に変わった。この進歩は,強力な知識と強力な装置が両輪となって進んだ。そして過去20年,暗黒物質(ダークマター)が通常の原子とは異なるものでできているという認識と,暗黒エネルギー(ダークエネルギー)の発見,そして宇宙のインフレーションやマルチバース(多宇宙)といった大胆な考えの登場によって,進歩のペースは加速してきた。

 

 100年前の人々が考えた宇宙は単純だった。永遠で,不変で,単一の銀河からなり,目に見える数百万個の星を含んでいる宇宙だ。しかし現在の宇宙像は,より完全で,ずっと豊かだ。

 

 宇宙は137億年前のビッグバンから始まった。最初の1秒に満たないわずかな間,宇宙は最も基本的な粒子であるクォークとレプトンが混ざり合った無定形の熱いスープだった。その宇宙が拡大して冷えるにつれ,階層的構造が1つずつ発達した。まず中性子と陽子ができ,次に原子核ができ,原子ができ,星ができ,銀河ができ,銀河団ができ,そしてついには超銀河団ができた。宇宙のうち私たちから観測可能な部分には,現在1000億の銀河があり,それぞれが1000億個の星と,おそらく同程度の数の惑星を含んでいる。

 

 銀河がそれ自体でまとまっていられるのは,謎の暗黒物質が発揮する重力による。宇宙は膨張を続けており,むしろ膨張のスピードは加速している。この加速膨張を引き起こしているのが暗黒エネルギーだ。暗黒物質よりもさらに謎めいたエネルギーであり,引力ではなく斥力としての重力を発揮する。

 

 単純なクォークスープから,現在の私たちが目にしている銀河や星,惑星,生命といった複雑なものへの進化――それが宇宙物語の主題だ。これらは物理学の基本法則に導かれながら,何億年もかけて1つずつ出現した。

 

 以下,読者のみなさんと創造の瞬間に向けた旅をするが,最初に通過するのは現在から宇宙誕生後1マイクロ秒までの期間で,この部分については宇宙論研究によって確実なことがわかっている。次に,最初の10-34秒へとさかのぼる。理論的にはいろいろな仮説が提唱されているものの,確固たる証拠はまだない領域だ。

 

 そして最初の最初,創造の瞬間に達する。この瞬間に関する考えは推測にすぎない。宇宙の究極的起源は依然として私たちの手が届かないところにあるものの,興味深い仮説はいくつかある。宇宙は互いに切り離された無数のサブユニバースからなっているとする,マルチバースの考え方などだ。

 

 

再録:別冊日経サイエンス196「宇宙の誕生と終焉 最新理論でたどる宇宙の一生」

著者

Michael S. Turner

シカゴ大学カブリ宇宙物理学研究所の教授。素粒子物理学と宇宙物理学,宇宙論にわたる学際研究の先駆けで,2000年代のこの分野に関するビジョンを整理した米国科学アカデミーの研究を主導した。2003年から2006年まで,全米科学財団(NSF)で数理・物理科学理事会の代表を務めた。米国天文学会のワーナー賞,米国物理学会のリリエンフェルト賞など,多くの受賞歴がある。

原題名

Origin of the Universe(SCIENTIFIC AMERICAN September 2009)

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