
2006年,東京工業大学の細野秀雄教授らが鉄系超電導物質を発見した。転移温度(超電導状態になる温度)は最初4Kだったが,26Kまで上がったことが2008年2月後半に論文発表されると,世界の物理学者が注目し始め,研究は一気に盛り上がった。
これらの目覚ましい結果も,過去20年の間に銅酸化物超電導体がもたらした最高温度を脅かすには至っていない。それでも物理学者たちが色めき立ったのには,いくつかの理由がある。
第1に,転移温度がどのくらいまで上がるかはまだ誰にもわからないこと。第2に,鉄の化合物は工学的応用に向けて加工するのが銅酸化物より簡単な可能性がある。銅酸化物はもろく,送電線や電磁石に用いる細長いワイヤ状に加工するには複雑な技術を要する。第3に,強磁性である鉄が超電導を示すというのは相当に奇妙だ。磁性は一般に超電導を壊す方に働く。実際,電気抵抗がゼロになることと並んで超電導を特徴付けているのは,外部の磁場を自らの内部に入り込ませず,自分を避けるように外側を迂回させる性質だ。磁場が非常に強くて超電導体の中に入り込むと,超電導状態は壊れてしまうのだ。なぜこの材料内に存在する鉄原子の磁性は,超電導を壊さないのだろうか? それはまだ明らかになっていない。
しかしおそらく最も興味深いのは,新たな鉄化合物が,銅酸化物を唯一の高温超電導体の座から引きずり下ろしたことだろう。研究者たちは20年以上の間,銅酸化物の物理的性質,とりわけ高い転移温度(それ以下だと物質は超電導になる。臨界温度ともいう)を説明する理論を構築しようと努力を重ねてきたが,ことごとく失敗に終わった。ようやく超電導体が2つになったので,実験家が両者を比較対照することが可能になった。その中から,理論家が高温超電導体の謎を解き明かすのに必要な,決定的な手がかりが見つかるかもしれない。
原題名
An Iron Key to High-Temperature Superconductivity?(SCIENTIFIC AMERICAN August 2009)
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