日経サイエンス  2009年11月号

曲がった時空の泳ぎ方

E. ゲロン(ブラジルABC連邦大学)

 アインシュタインの一般相対性理論によると,物質やエネルギーの存在によってその周囲の時空は歪められる。そんな曲がった空間では,空っぽの真空でも“泳いで”移動できることがわかった。掻いて押せる水のようなものはなくても,腕と足の動きをうまく組み合わせると移動できてしまうのだ。

 

 平坦な空間では何かを押したり(例えば地面をける),何かを引いたり(例えばロープを引っ張る)しなければ移動することはできない。しかし曲がった空間では事情が違う。例えば伸縮可能な2本の腕と1本の尾を持ち2次元球面上に住む“エイリアン”は,次のように曲がった空っぽの空間中を泳いで進むことができる。

 

 エイリアンは2本の腕と尾のすべてを縮めて球面の赤道上で頭を西に向けている。この体勢から右腕を北に,左腕を南に伸ばし,続いて,伸びた腕が胴体に直交している状態を保ったまま,尾を東に伸ばす。その後,腕を縮め,最後に尾を縮めて元の体勢に戻す。この一連の動作を繰り返すと,エイリアンは球面上を西へと移動する。あたかも泳ぐように。こうしたことが可能なのは,曲がった空間での重心の定義が自明でないためだ。

 

 曲がった時空では,滑空することも可能だという。たとえ真空中でも,減速しながら目的地に降下できるのだそうだ。

 

 こうした事実が,一般相対性理論が提唱されてから約90年後の最近になってわかったということは,曲がった時空の謎が完全には解き明かされていないことを示している。アインシュタインの深遠なる方程式には,まだまだ興味深い現象が潜んでいるかもしれない。

 

 

再録:別冊日経サイエンス215 「重力波・ブラックホール 一般相対論のいま」

著者

Eduardo Guéron

ブラジルABC連邦大学応用数学科の准教授(ABC区はサンパウロ市に隣接している)。2001年にブラジルのカンピナス州立大学でPh.D.を取得し,2003年~2004年に客員研究員としてマサチューセッツ工科大学に所属した。専門は重力や力学系,物理学全般の基礎的諸問題。4歳の娘と一緒に遊ぶときに,無限遠にはいくつかの種類があることを教えようと試みるのも楽しみの1つ。

原題名

Adventures in Curved Spacetime(SCIENTIFIC AMERICAN August 2009)

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