日経サイエンス  2009年10月号

耐性菌と闘う新たな抗生物質

C. T. ウォルシュ(ハーバード大学) M. A. フィッシュバッハ(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)

 危険な病原菌を撃退するため,さまざまな抗生物質が開発され使われてきた。だが,抗生物質の使用は感染症で苦しむ人を助けると同時に,やっかいな敵を作り出してきた。耐性菌だ。この耐性菌に効く抗生物質を新たに開発しても,新たな耐性菌がたちまち現れては広がり,問題となってきた。

 

 耐性菌問題はかつて,免疫力が落ちて感染症にかかりやすくなった人の多い病院や老人ホームに限られていた。だが,今は若く健康な人々が日常生活の中で耐性菌に感染し,命を落とすようになっている。耐性菌が引き起こす感染症は,患者の命を危険にさらすだけでなく,治療にかかる費用を押し上げもする。対策にあたる病院側にとっても人的・経済的な負担は大きい。

 

 こうした現状を打開するためには,新たな抗生物質が必要だ。だが,これまでと同じ方法で新薬の開発にあたるには問題がある。今使われている抗生物質はもともと細菌が競合する微生物の増殖を抑えるために細菌自身が作っていた化合物だ。これまでは土壌の中にいる微生物の中から天然の抗生物質を探し出し,それを利用してきた。だが,このような方法で簡単に見つかる抗生物質は,発見し尽くされたというのが今日の見解だ。新たな抗生物質を探し開発していくには,まずその方法から変えていく必要がある。

 

 新規抗生物質の開発する方法をいくつか例に挙げる。既存の抗生物質を生産する細菌の遺伝子に手を加えて構造の一部が異なる抗生物質を作らせる方法や,細菌のゲノムの中から使われずに眠った状態にある遺伝子を探して遺伝子操作し,新たな抗生物質を作らせる方法もある。探索範囲を広げるのも有効だ。深海にすむ細菌や甲虫の中に寄生する共生微生物の中からまったく新しい有用な抗生物質が見つかってきている。

 

 

再録:別冊日経サイエンス221「微生物の脅威」

再録:別冊日経サイエンス188 「感染症 新たな闘いに向けて」

著者

Christpher T. Walsh / Michael A. Fischbach

ウォルシュは,ハーバード大学医学部の生物化学専攻および分子薬理学専攻のハミルトン・クーン教授であり,複数のバイオテクノロジー企業や製薬会社のアドバイザーや役員を務めている。研究では,治療薬としての可能性を秘めた抗生物質やそのほかの化合物を微生物が合成するメカニズムに焦点を当てている。フィッシュバッハは,マサチューセッツ総合病院の分子生物学科でのウォルシュの後輩で,そこで抗生物質産生遺伝子を微生物ゲノムから探索する研究を共同で始めた。最近,カリフォルニア大学サンフランシスコ校の生物工学・治療科学科の助教になった。

原題名

New Ways to Squash Superbugs(SCIENTIFIC AMERICAN July 2009)

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