
言語中枢は左脳,情感は右脳というように,ヒトでは大脳半球が左右で分業体制をとっている。こうした分業はヒトだけの特徴だと長い間,思われてきた。その背景にあるのは,「人類は特殊な進化を遂げてきた」という思い込みだ。
これまでの考えによれば,大脳の左右の分業は,約250万年前の人類の祖先が道具を作り始めたところに起源があるという。道具を作り,使うために手の複雑な動きの制御が必要となり,右利きが進化してくる。利き手が手振りによるコミュニケーションを担うようになり,それが会話へと変化していったというのだ。右手の動きもを制御しているのが左脳だから,会話も左脳が司るようになったと考えるのだ。この考えでは,ヒトの祖先がチンパンジーなどの祖先と分かれた後に,右利きが進化したことになる。
だが,ほかの哺乳類や鳥類,カエルなどの研究から,こうした考えは誤りであると著者たちは考えている。そうではなく,脊椎動物では「パターン化した日常的な行動」を左脳,「天敵に出くわすなど突然の場面での行動」を右脳がコントロールするようになり,それがヒトにも受け継がれたのだという。著者たちはこの仮説を,それを裏付けるたくさんの事例とともに紹介する。
著者
Peter F. MacNeilage / Lesley J. Rogers / Giorgio Vallortigara
マクネレージはテキサス大学オースティン校の教授で専攻は心理学。複雑な行動システムの進化について120本以上の論文を発表している。2008年には著書の"The Origin of Speech"がオックスフォード大学出版局から発行された。ロジャースはオーストラリア・ニューイングランド大学の神経科学と動物行動学の名誉教授。彼女は左右差がヒトの脳に固有の特徴であると考えられていたころに,ニワトリの前脳に左右差があることを発見した。バロティガーラはイタリア・トレント大学の精神/脳科学センターと認知科学学部で認知神経科学の教授を務める。彼はロジャースと共同で,魚類と両生類での脳機能の非対称性に関する最初の証拠を発見した。
原題名
The Origins of the Left and Right Brain(SCIENTIFIC AMERICAN July 2009)