日経サイエンス  2009年8月号

食糧不足で現代文明が滅びる?

L. R. ブラウン(地球政策研究所)

 世界秩序に対する最大の脅威は,貧困国の政府崩壊を引き起こす食糧危機の可能性だ。

 

 水不足と土壌喪失,地球温暖化による気温上昇によって,食糧生産には厳しい限界が生まれている。これら3つの環境要因に対する大規模な取り組みを迅速に行わないと,一連の政府が崩壊し,そうした「破綻国家」から病気やテロリズム,違法薬物,武器,難民が世界にがって,現代文明が崩壊しかねない。

 

 20世紀後半,穀物価格は何度か劇的な上昇を示したが,それらはソ連の干ばつやインドにおけるモンスーン不順,米国のコーンベルトでの異常高温など,特定の事象が引き金となった「イベント・ドリブン型」だった。価格高騰は短期間で終わり,次シーズンの収穫とともにほぼ標準に戻った。

 

 対照的に,近年の世界穀物価格急騰は複数のトレンドを背景とした「トレンド・ドリブン型」である。需要側についていうと,まず人口が毎年7000万人以上増え続けていることがある。また,多くの穀物を必要とする畜産品など,高級な食材を求める人口が増えている。そして,大量の米国産穀物がエタノール燃料の原料に流用されている。

 

 供給はどうだろうか? 先に触れた3つの環境トレンド,つまり淡水の不足,表土の喪失,気温上昇(と地球温暖化に伴うその他の効果)によって,世界の穀物供給を需要増についていけるだけのスピードで拡大するのはますます困難になりつつある。

 

 最も差し迫った脅威は水不足の広がりだ。最大の難問は,世界の淡水の70%を消費している灌漑(かんがい)である。多くの国にある何百万もの灌漑井戸は現在,降雨による補充を上回るスピードで地下水源から水を汲み上げている。その結果,3大穀物生産国である中国とインド,米国を含め,世界人口の半数が住む国々で地下水面が低下している。

 

 第2の表土喪失の行く末も恐るべきものだ。世界の耕地のおそらく1/3で,表土が生成を上回るスピードで浸食されている。第3の要因,食糧安全保障をおそらく最も広域的に脅かす環境問題である気温上昇は,世界各所の収穫高に影響を及ぼす可能性がある。多くの国で,農作物はそれぞれ最適またはそれに近い温度条件で栽培されているので,成長期の間にわずかな温度上昇が生じただけでも収穫量が減る。気温が基準温度より1℃上昇するごとに,小麦と米,トウモロコシの収穫量はそれぞれ10%減る。

 

 現在の世界食糧不足はトレンド・ドリブン型だから,原因となっている環境トレンドを逆転しなければならない。それには,従来通りのやり方からの大転換という,途方もなく厳しい手だてが必要になる。文明を救うための第二案,「プランB」だ。

 

 プランBは・2020年までに二酸化炭素排出を2006年水準の80%減にカットする大規模な努力,・2040年までに世界人口を80億人で安定化,・貧困の根絶,・森林と土壌,帯水層の回復──の4つの部分からなる。これら4つの目的は何ら新しいものではなく,個別には何年も前から議論されてきた。それどころか,貧困緩和を目指して設立された世界銀行など,解決に取り組む専門機関も作られている。人口抑制に関しては,いくつかの地域で相当の前進を果たした。

 

 私たちの見積もりでは,文明を救うために必要となるコストは年間2000億ドルに満たず,現在の世界の軍事支出の1/6にすぎない。プランBは新しい形の安全保障なのだ。

 

 

再録:別冊日経サイエンス222「食の未来 地中海食からゲノム編集まで」

著者

Lester R. Brown

Washington Post紙の言を借りると「世界で最も影響力のある思想家の一人」であり,カルカッタのTelegraph紙は「環境運動の導師」と呼んだ。1974年にワールドウォッチ研究所を,2001年に地球政策研究所を創設し,現在は地球政策研究所の所長。50冊の著書・共著書がある。最新刊は『プランB3.0 人類文明を救うために』(邦訳はワールドウォッチジャパン)。24の名誉学位とマッカーサー・フェローシップを含め,多くの賞を受賞している。

原題名

Could Food Shortages Bring Down Civilization?(SCIENTIFIC AMERICAN May 2009)

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