日経サイエンス  2009年8月号

惑星の顔を決める大気流出

D. C. キャトリング(ワシントン大学) K. J. ザーンレ(NASAエイムズ研究所)

 惑星大気は惑星によって実にさまざまだ。金星には二酸化炭素の厚い大気がある一方で,火星にはほとんど大気がない。カリストなど木星の衛星には大気がないが,土星の衛星タイタンには窒素大気がある。こうした違いはなぜ生じたのだろうか? 惑星大気の多様性や進化を考える上で,大気流出が大きな役割を果たしていることがわかってきた。大気は岩石のように永続的なものではない。地球大気も微量ではあるが漏れ出しているのだ。

 

 大気が流出するプロセスは3つ。気体が惑星にとどまれないほど高温に加熱されて起こる「熱的散逸」,化学反応や荷電粒子との反応でエネルギーを得た原子や分子が惑星から放り出される「非熱的散逸」,そして「隕石や彗星の衝突」で大気が吹き飛ばされるプロセスだ。

 

 現在の地球では,主に非熱的散逸で大気が流出している。流出量は,最も軽くて流出しやすい水素でも1秒間に3kgだ。だが,地質学的なタイムスケールでは大きな影響を及ぼしうる。また,天体が衝突すると大量の大気が一気に失われる。恐竜を絶滅させたとされる6500万年前の隕石の衝突では,全大気量の10万分の1が失われた。

 

 こうした大気流出で惑星大気の謎の多くが説明できる。例えば,火星大気が薄いのは,火星が小惑星帯の近くにあり,隕石衝突が頻繁に起こったためだ。火星は誕生から1億年以内に大気の大半を失ったとするシミュレーション結果が出ている。

 

 大気流出の研究は始まったばかりだ。米航空宇宙局(NASA)は2013年にMAVENを打ち上げ,火星大気を調べる予定だ。日本も金星大気の謎を解明するため2010年にプラネットCを打ち上げることになっている。こうした観測を通じて,惑星大気だけでなく太陽系のさまざまな謎が解明されるだろう。

著者

David C. Catling / Kevin J. Zahnle

キャトリングは惑星科学者であり,主に惑星の表層と大気との相互進化を研究している。NASAエイムズ研究所に所属後,2001年にワシントン大学(シアトル)に異動。昨年12月に終了したNASAの火星探査機フェニックスの共同研究者でもある。ザーンレは1989年からNASAエイムズ研究所に所属する科学者。惑星の内部から表層,大気まで惑星科学を広く研究している。シューメーカー・レヴィ第9彗星の木星への衝突に関する研究に対して,1996年にNASA Exceptional Achievement Medalを獲得している。

原題名

The Planetary Air Leak(SCIENTIFIC AMERICAN May 2009)

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