日経サイエンス  2009年7月号

サルが見た色の世界 色覚の進化をたどる

G. H. ジェイコブズ(カリフォルニア大学) J. ネイサンス(ジョンズ・ホプキンズ大学)

 日ごろ自分が目にしている色は他人にも同じように映っているのだろうか? それがヒトではなくほかの動物だったらどのように見えるのだろうか──その答えは網膜にある色覚用の光受容物質(視物質)を調べるとわかるかもしれない。  ヒトや類人猿などを含む旧世界霊長類の色覚は3種類の視物質を使って色を見るため「3色型色覚」と呼ばれている。ところが南米や中米に生息する新世界ザル(マーモセット,タマリン,リスザルなど)は,一部の雌だけが3色型色覚で,雄と残りの雌は2色型だ。つまり,全く違う色覚をもつ個体が同じ群れの中に共存しているのだ。

 

 霊長類以外の哺乳類を見てみると,そのほとんどの色覚は2種類の視物質を使う2色型だ。少数ではあるが,夜行性哺乳類の中には色覚用にたった1種類の視物質しかもたないものもいる。鳥類,魚類,爬虫類には色覚用の視物質が4種類あるものもいて,ヒトには見えない紫外線を感知できる。動物界全体で考えると,霊長類の3色型色覚はめずらしい存在にも思える。では霊長類はどのように3色型色覚を獲得したのだろうか? 新世界ザルではなぜ一部の雌だけが3色型色覚なのか? 視物質遺伝子の解析から,3色型色覚を可能にした遺伝メカニズムがわかりはじめた。  ヒトの3種類の視物質が吸収する光の波長はそれぞれ異なり,最もよく吸収する波長によって短波長視物質,中波長視物質,長波長視物質に分けられている(便宜上,それぞれを青視物質,緑視物質,赤視物質と呼ぶ)。緑と赤の視物質は非常によく似ていて,構成する364のアミノ酸のうちわずか3つが違うだけで異なる吸収波長を示すのだ。

 

 視物質遺伝子をほかの動物と比較すると,青視物質に似た遺伝子はほとんどすべての脊椎動物で見つかっている。緑-赤視物質に似た遺伝子も脊椎動物で広く見つかっているが,2種類あるのは霊長類だけだ。どうやら緑と赤の両視物質をもつ生物が進化したのはわりと最近のことのようだ。また,旧世界霊長類と新世界ザルとでは,3色型色覚の遺伝メカニズムが異なることもわかってきた。  マウスのような2色型色覚の哺乳類が第3の視物質遺伝子を獲得したら,脳は新たな視物質からのシグナルに対応できるのか,といった著者らの最新の研究成果についても紹介する。

著者

Gerald H. Jacobs / Jeremy Nathans

ジェイコブズはカリフォルニア大学サンタバーバラ校の心理学専攻と神経科学研究所の教授。視覚システムに関する学術論文や著書を200以上発表している。新世界ザルの3色型色覚の遺伝メカニズムを解明した。ネイサンスはジョンズ・ホプキンズ大学医学部の分子生物学,神経科学,眼科学の教授でハワード・ヒューズ医学研究所の研究員でもある。ヒト視物質遺伝子のDNA配列とタンパク質の構造を明らかにした。

原題名

The Evolution of Primate Color Vision(SCIENTIFIC AMERICAN April 2009)

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