
赤色域と青色域を発光できる半導体レーザーはあるが,緑色を出せるものはまだない。しかし,この「緑のギャップ」が早ければ今年中にも埋められる見通しが出てきた。カギとなるのは半導体レーザーを形成する新しい結晶基板だ。。 カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)や共同研究先の1つであるロームは,半導体レーザーを構成する窒化ガリウム(GaN)などの結晶層を成長させる新方法を開発している。これまでの成功から,生産量の拡大だけでなく,大きな期待が浮上している。緑色光を発する丈夫で小さなGaN半導体レーザー。科学者と技術者が開発に挑みながら,長らく手が届かなかった目標だ。
在来のGaNダイオードはサファイア基板を使っている(最近では窒化ガリウム基板の利用が増えている)。これにガリウム,インジウム,窒素の原子を堆積させるのだが,原子は基板によってあらかじめ決められた既存の結晶構造に沿って整列し,基板の「c面(極性面)」と平行に成長していく。c面は六方晶の結晶軸に対して垂直な面だ。 残念なことに,正に帯電したガリウムやインジウムのイオンの層と負に帯電した窒素イオンの層が隣接しているため,これら層の間に働く静電気力と内部応力によって,c面に対して垂直に強い電場が生じる。これが外から加えた電圧と逆向きに作用して電子とホールを引き離し,光を生み出す再結合を妨げる。
「量子閉じ込めシュタルク効果」として知られるこの問題は,発光色が紫から青,緑になるにつれて特に深刻になる。そしてダイオード中を流れる電流が増えるに従って電荷キャリアの数も増え,電子とホールを別々に引き離している内部電場を部分的にさえぎる。こうして内部電場が部分的に排除されると,電子とホールはより高いエネルギーで再結合するので,光はスペクトルの青色側にずれる。緑色半導体レーザーと高効率の緑色LEDが過去10年以上も夢にとどまっていた主な理由は,これらの問題による。 UCSBとロームが先鞭をつけたアプローチは,大きなGaN結晶から「m面」に沿って切り出した高純度GaN結晶のウエハーを基板に使うことで,これらの問題を回避しようという試みだ。こうした「無極性基板」の上に作られたダイオードは分極と内部応力によって生じる厄介な電場がc面の場合に比べてずっと弱くなる。また,GaNの上に成長させたダイオードはサファイア基板上に作ったものよりも結晶欠陥がはるかに少なく,発光効率が高い。2006年,UCSBのもう1つのパートナーである三菱化学が優れた低欠陥のm面GaN基板をロームとUCSBに供給し始めた。
UCSBチームは研究の主軸を無極性基板に移しているほか,「半極性」のGaN基板を利用する方法の研究を始めた。半極性基板は結晶の長軸に対して約45度の角度で切り出したウエハーだ。 UCSBは2008年9月,別のレーザーによって光学的に励起した無極性と半極性のGaNダイオードでシアンと緑の波長域の誘導放出を観察したことを報告した。そう遠くないうちに,光ではなく電流を使って同様の誘導放出を実現できるはずだ。UCSBかローム,あるいは両方のチームが今年後半に成功しても,驚くにはあたらないだろう。
著者
中村修二 / Michael Riordan
中村はカリフォルニア大学サンタバーバラ校で材料物性工学科の教授と,固体発光素子エネルギーセンターの所長を務めている。青色光を発する半導体レーザーとLEDに関する業績で2006年の「ミレニアム技術賞」を受賞した。リオーダンはスタンフォード大学とカリフォルニア大学サンタクルーズ校で物理学史と技術史を教えている。共著書に「Crystal Fire: The Invention of the Transistor and the Birth of the Information Age」(W. W. Norton, 1997. 邦訳は『電子の巨人たち』,ソフトバンククリエイティブ,品切れ)がある。なお,中村は日経サイエンスへの本記事掲載にあたって翻訳文を監修した。
原題名
The Dawn of Miniature Green Lasers(SCIENTIFIC AMERICAN April 2009)
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