
「○○で脳を鍛えよう!」テレビや雑誌やウェブではおなじみのフレーズだが,この一見怪しげな宣伝文句を裏付けるようなデータが最近の神経科学の研究から得られている。ラットやマウスの実験によると,新しいことを学習することで,海馬の「新生ニューロン」がより生き残りやすくなることがわかっている。
かつては,成体の脳にはニューロンを作る神経幹細胞がないため,ニューロン新生は不可能と考えられていた。しかし10年ほど前,記憶や学習をつかさどる海馬では日常的に神経細胞が新生しているという驚くべきデータが報告された。ニューロン新生という“脳の再生能力”を活用すれば,事故や病気による脳損傷や高齢化で衰えた脳をよみがえらせることができるかもしれない。
ところが困ったことに新生ニューロンの多くは生き残ることなく,わずか数週間で消えてしまう。どうすれば新生細胞を救うことができるのか。その答えが「学習」だ。学習という負荷を与えることで,新生ニューロンは既存の神経回路に組み込まれ,ネットワークの一員として生き残る。逆に新しいことを学ばなければ,回路に加われずに消滅していく。また問題に集中し,より難易度が高い問題に取り組むほど,生き残るニューロンの数は多くなる。さらに,新生細胞の誕生後,1週間後から2週間後に行われた学習が,新生細胞の生き残り率を最も高めることもわかっている。
アルツハイマー病では,海馬のニューロンが変性することで,記憶や学習能力が低下する。新生ニューロンが誕生しても,多くは成熟せずに消滅してしまうようだ。ニューロンの新生や成熟の過程に問題があるのか,あるいは学習能力が損なわれているために新生ニューロンが生き残れないのかもしれない。だがいくつかの朗報もある。最近の研究から,有酸素運動や抗うつ薬投与がアルツハイマー病患者の機能を全般的に高めることが報告された。これは新生ニューロンの発生や生存が促されるためではないかと考えられている。
著者
Tracey J. Shors
ラトガーズ大学の心理学部および神経科学センターの教授を務めるショアは,学習および記憶の神経生物学に関心を寄せてきた。成体におけるニューロン新生の発見者であるプリンストン大学のグールドとともに,学習が海馬の新生ニューロンの生き残り率を高めること,また新生ニューロンが学習のいくつもの側面に関与する可能性があることを明らかにした。その後10年以上にわたって「ニューロン新生に対する学習の効果」をテーマに研究を続けている。
原題名
Saving New Brain Cells(SCIENTIFIC AMERICAN March 2009)
サイト内の関連記事を読む
アルツハイマー病/ニューロン新生/学習/海馬/神経伝達物質/認知症
キーワードをGoogleで検索する
ニューロン新生/海馬/学習/神経伝達物質 /アルツハイマー病/認知症