日経サイエンス  2009年5月号

脳のしわが明かす謎

C. C. ヒルゲターク(国際ブレーメン大学) H. バーバス(ボストン大学)

 一般に“脳のしわ”といわれるのは,脳表面にある大脳皮質の凹凸のことだ。人間だけでなく,イルカや大型類人猿など大きな脳をもつ哺乳動物の皮質にはしわがある。ヒトの皮質を広げると1600~2000cm2。頭蓋骨の内側の表面積の約3倍だ。皮質を折りたたまなければ頭蓋に収めることができない。

 

 とは言っても,脳のしわはハンカチを丸めたようなランダムなしわではなく,折りたたみには規則性がある。近年の研究から,脳のしわは,離れた領域をつなぐニューロン(神経細胞)の物理的な力によって生じることがわかってきた。複数のニューロンが異なる皮質領域に軸索を伸ばし,2つの領域が強く引っ張られることで脳の凹み(脳溝)ができる。逆に弱い力で引きあう部分は隆起して出っぱり(脳回)となる。皮質領域間の連結は胎児の発生過程で進み,凹凸のでき方や形状は種によってほぼ一定している。

 

 だが,よく観察すると,一定に見えるしわにも深さや位置に個人差が見られる。皮質表面にしわができる発生の過程で生じる疾患の場合,しわの形状が健常者とは異なることがわかってきた。例えば自閉症の人では,一部の脳溝がより深く,位置がずれていることがある。また統合失調症の場合,全体的にしわが浅いという研究データがある。こうした病気は脳の特定部位の異常というよりも,発生過程で皮質ニューロンの数や位置に異常が生じ,結合パターンが乱れたことが原因なのかもしれない。疾患の原因を探り,治療に結びつけるために,多数のデータをもとに皮質の凹凸をコンピューターで解析する研究も始まっている。

 

 19世紀に流行した骨相学では,頭の形が人の性格や知能を表すと考えられていた。その後,骨相学は否定されたが,脳の形状から個人の特性を調べる研究には骨相学の発想に似た部分もある。音楽家をはじめ,ある種の能力を持つ人では,皮質の特定領域が一般の人とは明らかに異なることもわかっている。しかし,才能を識別するような明確な折りたたみパターンは今のところ見つかっていない。

著者

Claus C. Hilgetag / Helen Barbas

ヒルゲタークは,2001年に設立されたドイツの研究大学,国際ブレーメン大学の神経科学部門の准教授で,同部門の創立メンバー。数理神経科学センターで脳の結合性の研究に従事している。バーバスはマギル大学でPh. D. を取得。ボストン大学の教授であり,前頭前野の研究を行っている。脳回路のパターンに深い関心を寄せている一方で,ガーデニングをこよなく愛し,自然界に見られるさまざまなパターンにも魅せられている。

原題名

Sculpting the Brain(SCIENTIFIC AMERICAN February 2009)

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