
漆黒の宇宙空間をはるかかなたの目標天体に向かってひた走る宇宙船,多くの人はエンジンノズルから火炎ジェットを噴射して進む姿を思い浮かべるかもしれない。だが,本物はそうではない。
そのような化学燃料を燃やして推力を得る化学ロケットは,すぐに高速度に加速できるものの,初めの数分で燃料を使い果たしてしまう。そこで,多くの探査機は目的地にまっすぐ向かうのではなく,回り道してでも月や他の惑星に立ち寄り,その重力の助けを借りて加速している。そのため,航行期間が大幅に長くなり,好きなときに打ち上げるというわけにもいかない。しかも,長期間の航行の末にようやく目的地にたどり着いても,減速するための燃料がないため,近くに止まって観測することはできない。こうした化学ロケットの欠点を克服し,惑星探査機などの推進装置として注目されているのが「電気ロケット」だ。
電気ロケットは,推進剤のガスにレーザーやマイクロ波,高周波電波を照射したり,強電場を加えたりしてプラズマを作り出し,それを電場や磁場で加速して宇宙船の後方に高速度で噴射し,その反力で推力を発生させる。電気ロケットは化学ロケットに比べて低推力だが,推進剤消費量が少なく長時間作動できる。このため,同じ質量の推進剤を用いた化学ロケットよりも結果的には高速度を達成でき,遠方の目的地により迅速に到達できる。
電気ロケットの中で最も利用されているタイプが「イオンエンジン」だ。すでに,数十のイオンエンジンが商用衛星の軌道維持や姿勢制御のために使われている。また,2003年5月に打ち上げられた探査機「はやぶさ」は,イオンエンジンをメインエンジンとして搭載し,小惑星「イトカワ」へのランデブーに成功した。
電気ロケットは外惑星探査など長距離宇宙ミッションの基幹技術としての地位を確立しつつある。スピードは遅くても継続的に歩を進めるカメがウサギを負かした寓話のように,来る深宇宙探査時代に必要なマラソン長距離飛行では,“カメの鈍足方式”が勝利を収めるのだ。
著者
Edgar Y. Choueiri
プリンストン大学で宇宙工学と応用物理を教える。同大学電気推進プラズマ力学研究所(http://alfven.princeton.edu)所長で同大学物理工学プログラムのリーダー。プラズマ推進の研究のかたわら,音楽の3次元的記録・再生を可能にする数理技術にも取り組んでいる。
原題名
New Dawn for Electric Rockets(SCIENTIFIC AMERICAN February 2009)
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