
糖尿病を患っている人が,指にちょっと針を刺して採血をし,携帯型の検査機器で血糖値を測っているのを見たことはないだろうか。1日に何度も血糖値を測って食べ物やインスリンの摂取を調整しているのだ。10年以上前まではこのような機器がなく,糖尿病にかかった人たちの健康管理は非常に難しく,彼らの不安や恐怖は今よりはるかに大きかった。
糖尿病患者のクオリティー・オブ・ライフ(QOL,生活の質)は,身体情報を簡単かつ安価で得られる検査機器の開発によって向上した。ここから,今後の医療の可能性をかいま見ることができる。将来は予測や予防がしやすくなり,個人のニーズに合わせた個別化が進み,患者が自分の健康維持により深くかかわることができるようになるだろう。
こうした医療革命の重要な要因は,微量の血液や病巣から採取したたった1つの細胞で診断できる超小型化技術にある。μmやnm(10億分の1m)スケールで作られた装置で,多数の生体分子を迅速かつ正確に操作したり測定したりできる。しかも費用は最終的には1回当たり数セントにまで下がるはずだ。測定費用が下がり,装置の性能が向上すれば,人体を分子が相互に作用する“動的システム”と見なせるようになり,病気の研究や治療への新たな道が開かれるだろう。いずれコンピューターモデルにこうした生体システムの測定が組み込まれ,病気の早期指標を明らかにできる。コンピューターモデルとナノテクノロジーによる新しい治療法によって,病巣だけを標的にする治療が可能になり,深刻な副作用を避けることができるだろう。
私たちはすべての医療が最終的には「システム医療」に基づくだろうと考えている。すでにがん研究については,システム医療の視点から病態全体をとらえるのに必要な超小型技術を用いた最新の事例があるので,紹介しよう。
著者
James R. Heath / Mark E. Davis / Leroy Hood
ヒースはナノシステムズ生物学がんセンターの所長であり,カリフォルニア工科大学では化学の教授としてがんの診断と治療法の他にナノ構造物質やナノ電子回路の研究も行っている。デービスはカリフォルニア工科大学の化学工学の教授で,実験的治療用の特殊な素材を開発するとともに,ナノ粒子療法を開発しているインサート・セラピューティクス社とカランド製薬会社の2社を設立した。フードはシアトルのシステム生物学研究所の所長。この研究所を設立する前にはDNAやタンパク質の配列解読と合成に関する技術で先駆的な研究を行い,アムジェン社,アプライド・バイオシステムズ社,システミクス社,ダーウィン社,ロゼッタ社など多数の企業を設立している。フードとヒースはシステム医療の会社であるインテグレイテッド・ダイアグノスティクス社も設立した。この会社では病気のバイオマーカーを探索し,これらのバイオマーカーを診断ツールに応用するために,微小流体やナノテクノロジーを用いたプラットホームの開発を行っている。
原題名
Nanomaedicine Targets Cancer(SCIENTIFIC AMERICAN February 2009)
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