日経サイエンス  2009年4月号

特集:進化する進化論

実社会に生きる進化生物学

応用

D. P. ミンデル(カリフォルニア科学アカデミー)

 甲虫や鳥に関するダーウィン(Charles Darwin)の研究が後の科学技術の発展につながることを,ダーウィン自身は予想すらしなかっただろう。進化の歴史とメカニズムについての理解が進んだことで,今日さまざまな分野で進化が有用な道具として利用されるようになってきた。
 人気のテレビ番組『CSI:科学捜査班』でもご存知のように,警察の犯罪捜査では進化生物学に基づいた分析法がいまでは一般的になっている。それぞれの遺伝子がどのような進化をたどったのかという知識をもとに,DNAという証拠からかなりの情報を引き出すことができるようになったのだ。
 保健医療分野にも進化生物学が生かされている。鳥インフルエンザや西ナイルウイルスなどの病原体のDNAの塩基配列を調べて系統を推測し,ワクチンをつくったり,人から人へ感染症が伝播するのを最小限に抑えるガイドラインを作成したりできるようになった。タンパク質を急速に進化させる「
 進化分子工学」と呼ばれる手法は,ワクチンをはじめ有用なタンパク質の改良に役立てられている。
 このほか,コンピューター科学の分野にも進化の概念とメカニズムは適応されている。「遺伝的プログラム」として知られる一般的なシステムが構築され,最適化や設計に関する複雑な問題を処理できるようになった。さらに最近では,「メタゲノミクス」という方法が開発されている。これによって,ある領域に生息する微生物の種類を調べる能力が飛躍的に向上し,微生物の多様性研究の世界に顕微鏡の登場以来の劇的な変化をもたらしている。
 進化についての理解を深めることによって,私たちはたいへん有用な技術を生み出してきた。

 

 

再録:別冊日経サイエンス185「進化が語る現在・過去・未来」

著者

David P. Mindell

サンフランシスコのカリフォルニア科学アカデミー(館内にはキンボール自然史博物館もある)の科学部長で,ハリー・W&ダイアナ・V・ヒンド記念教授。2008年7月に現職に就く以前は,ミシガン大学アナーバー校の生態学と進化生物学の教授および同大学の動物学博物館で鳥類の学芸員を務めていた。現在は鳥類の分子分類学と猛禽類の保全生物学を中心に研究している。

原題名

Evolution in the Everyday World(SCIENTIFIC AMERICAN January 2009)

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