日経サイエンス  2009年4月号

特集:進化する進化論

人間の由来と病気

ダーウィン医学

高畑尚之(総合研究大学院大学)

 私たちの身体はいうまでもなく進化の産物だ。進化は“完成品”を目指して進むのではない。そうではなく,環境の変化に対してむしろ場当たり的に対処してきたといえるだろう。例えば,海水のカルシウムイオンが急増すると細胞からこのイオンを汲み出す機構を備えたり,既製のさまざまな部品を流用して複雑な免疫系を組み上げたり。哺乳類の系統でいったんは失った色覚を霊長類では再び取り戻したりもしている。こうした進化が奇跡的にうまくいったものだけが生き残り,現在の私たちに至っているのだ。しかし,場当たり的な進化には代償もつきまとう。現在の私たちを苦しめる病気の多くには,進化のプロセスにその遠因を求めることができる。とくに,その進化をなしえてきた環境と現代社会がかけ離れている点に,トラブルの要因があることも多い。この意味では,病気の起源を進化論的に探ることは,現代文明を生物学的な視点で問い直すことに他ならない。

 

 

再録:別冊日経サイエンス185 「進化が語る現在・過去・未来」

著者

高畑尚之(たかはた・なおゆき)

総合研究大学院大学学長。専門は理論集団遺伝学。1946年に名古屋に生まれ,京都大学で生物物理学を学ぶ。このときの恩師である松田博嗣博士は湯川秀樹博士の弟子にあたる。1977年に九州大学で博士号をとり,木村資生博士のいる国立遺伝学研究所に勤務。当時は「分子進化の中立説」に対する批判が強い時代だった。1992年に総研大に移り,2008年4月より現職。

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