
私が解剖学の授業を持つようになったとき,大学当局は私の研究室の改修工事を行った。このタイミングは偶然の一致だったのだが,結果的には最高のめぐり合わせとなった。
配管や電気配線などの機構を調べるため壁を開いたところ,一見すると何の意味もなさそうなもつれた構造が現れた。ケーブルとワイヤ,パイプが建物の至る所で奇怪なループとターンをなしている。まともな人間なら,こんなメチャメチャな混成物を建物に組み入れるような設計はしないはずだ。建物は1896年の建造で,電気系統などの設備部分は過去数十年間に何度か行われたその場しのぎの改修を反映している。
ケーブルやパイプの経路がねじれているわけを理解するには,それらの歴史と,長年にわたってどのように改変されてきたのかを知らねばならない。同じことが人体構造についてもいえる。人体内部で神経や血管などがたどっている経路は,私たちが祖先筋の生物から受け継いだ遺産だ。
精索(精液の通り道となっているチューブ)は遠回りのループをなしている。人間が魚から進化したことによる身体構造の大変化の結果だが,私たちがヘルニアを患う一因ともなっている。脳から横隔膜に至る神経も魚から受け継いだもので,この神経が刺激されると,しゃっくりが起きて気管の入り口が閉じる。この反応そのものは,肺とエラの両方を使って呼吸する両生類から受け継いだ“お下がり”だ。
私たちの奥深くにある歴史は,ある時代は古代の海で過ごし,またある時代には小川で,そしてサバンナの平原に生きてきた歴史であり,オフィスビルやスキー場のスロープ,サッカー競技場で過ごした歴史ではない。私たちの過去と現在を隔てるこの著しいギャップは,私たちの身体が,ある種予想可能な形で壊れることを意味している。
人間のひざと背中,手首にある主な骨は,数億年前の水生生物に生じたものだ。とすれば,二足歩行する私たちがひざの軟骨を断裂したり背中の痛みに悩まされたりするのも,キーボードをタイプしたり編み物をしたりペンで書いたりして手根管症候群を発症するのも,むしろ当然ではないか。私たちの祖先筋の魚や両生類は,これらのことをしていなかった。
魚の身体構成を,ミミズの身体を作る遺伝子に手を加えたものを使って改変し,見かけを哺乳類らしく整え,その哺乳動物を,直立歩行し,言葉を話し,考え,指を非常に器用に操る生き物に何とかして仕立て上げれば,さあ,災難へのレシピの出来上がりだ。このように魚を飾り立てることは可能だが,そのずっと後になって,ツケを払うことになる。
この世が完璧に設計された世界で過去の歴史的遺産を引きずっていなかったなら,私たちは痔やヘルニアといった疾患に苦しまずにすんだろう。そして,私の大学の建物の改修費もこんなに高くはなかったはずだ。
著者
Neil H. Shubin
古生物学者。フィールド博物館館長で,シカゴ大学の組織・進化生物学科の副学科長,ロバート・R・ベンズリー記念教授を務める。生物進化史上の重要な転換点を示す化石の発見で知られる。爬虫類から哺乳類,そして水生生物から陸生生物への転換点を示す化石だ。これらの発見はグリーンランドからモロッコにわたる広範な調査の成果。2006年にはNature誌に「ティクターリク」の化石の発見を報告。魚から両生類に進化しつつある中間的な生物だ。
原題名
This Old Body(SCIENTIFIC AMERICAN January 2009)