
エイズは,HIVに感染すればいずれは発病して死に至る「死の病」から,根治はしないが生命を奪われるとは限らない「不治の病」になった,といわれる。だがそれは先進国の話で,HIV感染者の大多数を占めるアフリカなど途上国の貧しい人々にとっては,相変わらず恐ろしい死の病だ。HIV感染者は複数の薬を一生飲み続けなければならず,経済的な負担が大きい。HIVウイルスはいったん人間の体内に入ると完全に排除することは不可能で,抗ウイルス薬でその活動を抑え続け,エイズの発症を食い止めるしかない。
HIVウイルスはなぜ完全に退治できないのだろうか。HIVは普通のウイルスと違い,自らのゲノムを人間の細胞に挿入するので,この細胞が複製するたびにコピーされ,いつまでも体内で生き続けられる。HIVは主にヘルパーT細胞に感染して免疫機能を低下させ,一部は感染メモリーT細胞となって,複製も転写もしない休止状態で長年にわたって体内に潜伏する。マクロファージや樹状細胞に感染,潜伏したり,中枢神経系や消化管,生殖管などの“隠れ家”に潜んでいることもある。これらは血液中にウイルスがあふれ出てこない限り免疫系の目を逃れ,薬の効果も及ばない。そのため治療を中断すれば,ウイルスがたちまち再び増加してしまう。
現在,HIVの複製の際にはたらく各種の酵素を阻害する薬が組み合わせて使われている。今後は休止状態の感染T細胞を刺激し,免疫系に攻撃させやすくする薬や,ウイルスの複製を完全に阻止し,“隠れ家”に潜むウイルスまで無力化できる薬の開発が目標だ。いずれはHIVに感染してもウイルスを一掃できる,「治る病」への道がひらけるかもしれない。
著者
Mario Stevenson
マサチューセッツ大学医学部分子医学部門でエイズ研究のデービッド・フリーランダー教授を務める。グラスゴーのストラスクライド大学でマクロファージによるリポソーム製剤の取り込みに関する研究でPh.D.を取得。ハーバード大学医学部シプリー講演者で,米国エイズ研究財団研究委員会の議長およびマサチューセッツ大学付属病院エイズ研究センターの所長を務める。メルク社の顧問でもある。余暇にはピアノとインラインスピードスケートに挑戦している。
原題名
Can HIV Be Cured?(SCIENTIFIC AMERICAN November 2008)
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