
数年前に私たち著者の1人,ヒーバートはスーパーの店内を歩き回りながら,ずらりと並んだ商品の売れ行きを店側が簡単に把握するシステムに感心していた。太い線や細い線が並ぶバーコードを調べるだけでよいのだ。ヒーバートはこれと同じように,短いDNA鎖に含まれる4種類の塩基の独得な配列を,地球上の多数の種を同定するのに利用できないかと考えた。
250年前にリンネ(Carl Linnaeus)がすべての生物を体系的に分類し始めてから,動植物を同定するためにさまざまな特徴(色や形,行動など)が調べられてきた。DNAに含まれている遺伝情報も,ここ数十年間で応用されるようになってきた。だが,昔ながらの分類法も遺伝情報を使う方法も,豊富な専門知識と膨大な時間が必要だ。DNAのごく一部を,商品についた12桁や13桁のバーコードと同じように利用できれば,時間も技術もかけずにすむだろう。
そこで私たちは,動物種の特定に利用できそうなDNA断片を見つけ出そうとした。条件は,どの種でも同じ遺伝子の同じ位置にある配列で,なおかつ,ある種を他の種と確実に区別できるものでなくてはならない。将来的には,GPS装置のようなハンディサイズの装置で,どんな小さなサンプルからもこうしたDNA断片を「読み取る」ことができるようになると期待している。
こんなイメージだ。混みあった空港の防疫係員や山歩きを楽しむハイカー,研究室の科学者が,DNAを含むヒゲの切れ端や昆虫の肢のような試料を装置に入れる。すると,試料に含まれるDNA断片の塩基配列を検出し,その情報がすぐにデータベース,つまりDNAバーコードの公共ライブラリーに送られて,検索結果が送り返されてくる。生物の種名や写真,説明文が送られてくるのだ。誰でもどこでもその動物の種名がわかるようになるし,思いもよらない種に属していたり,それまで知られていなかった新種かどうかもわかるだろう。
動植物の形や構造を調べる形態学によって,約170万種がすでに命名されてきた。しかし,生物学者の見積もりでは,およそ800万種が未記載のままだ。また形態学的な特徴に関する情報が増えるにつれて,ある標本が既知の種と一致するかどうかを決めることすら,ますます難しくなるだろう。さらに,卵や幼形はたいてい成体より数が多いが,際立った特徴がないため,成熟するまで育てないと同定できない場合がある。雄雌のどちらかしか記載できていない種もある。植物では花があれば標本を分類しやすいが,根などでは区別できないだろう。遺伝情報を利用する迅速で簡単な標準化された方法なら,こうした問題を克服できるかもしれない。
著者
Mark Y. Stoeckle / Paul D. N.Hebert
ステックル(左)はロックフェラー大学人間環境プログラムの客員研究員。ハーバード大学医学部の卒業生で,コーネル大学医学部では臨床医学の准教授を務める。優れた自然写真家でもある。ヒーバート(右)はDNAバーコーディングという概念を構築したことで最もよく知られている。ケンブリッジ大学で遺伝学のPh.D.を取得し,現在はカナダにあるゲルフ大学の教授,同大学オンタリオ生物多様性研究所の所長を務める。余暇には異国の小さな生物の採取を楽しむ。目下の楽しみはオーストラリアでの蛾の収集だ。
原題名
Barcode of Life(SCIENTIFIC AMERICAN October 2008)
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