日経サイエンス  2009年1月号

知能遺伝子を探して

C. ジンマー(サイエンスライター)

 人間の「頭のよさ」とは何か。会話や行動から「あの人は頭がいい」ということは誰にでもわかるが,知能とは何かを定義するのは難しい。心理学者はいくつかの検査を組み合わせて調べる知能指数(IQ)によって,知能を定量化しようとしてきた。

 

 そして知能が遺伝によって生まれつき決まっているのか,それとも教育など環境しだいで育まれるものなのか,という「知能は遺伝か環境か」という問題も,長年にわたって研究,議論されている。知能の遺伝的要因を調べるため,しばしば研究の対象となってきたのが双生児だ。特に同一の遺伝子を持つ一卵性双生児が養子に出されるなどして別々の環境で育てられると,2人の知能に違いが表れるかどうかが注目された。答えは明白だった。別々に育った2人は,幼い頃は知能に違いがあるが,16歳頃までに知能検査の結果が近づいてくるのだ。環境によってある程度知能は変えられるが,成長とともに遺伝的要因が強くなってくると考えられた。

 

 知能の違いに遺伝要因が大きいとすると,その違いはどこにあるのか。もし特定の遺伝子の変異によるものであれば,“知能遺伝子”というべきものが見つかるかもしれない。知能遺伝子を見つけようと大規模なDNA解析が行われたが,結果は思わしくなかった。50万もの一塩基多型(SNP)を調べても,知能に関連しそうな遺伝子の変異はわずか6個で,しかも知能の差に及ぼす影響は最大でも1%以下だった。

 

 では知能の差はどこから生まれるのだろうか。脳画像解析で知能の違いを探ろうとする試みもある。たとえば知能のきわめて高い子どもでは,大脳の表面にあって,最も高度な情報処理を行う大脳皮質の厚みが年齢によって標準より薄かったり厚かったりするのだ。

 

 だがもちろん,これは知能の謎を説明するごく一部の要素に過ぎない。遺伝と環境がどのように知能を作り上げるのかはまだほとんどわかっていないに等しい。知能は今後も脳科学や心理学において魅力的なテーマでありつづけるだろう。

著者

Carl Zimmer

科学ジャーナリストで,脳研究の歴史をまとめた"Soul Made Flesh"や最新の"Microcosm: E. coli and the New Science of Life"など7冊の著書がある。またDiscover誌に脳に関するコラムを書いており,他にも進化や微生物などの分野について,多くの新聞や雑誌に執筆している。彼のブログ"the Loom"はSCIENTIFIC AMERICAN誌の科学技術ウェブ大賞を獲得した。ジンマーは,種の概念の変遷と,種の定義に関する議論がどのように種の保護活動に影響を与えているかについての記事も本誌に執筆している(「生物の種とは何か」日経サイエンス2008年9月号)。

原題名

The Search for Intelligence(SCIENTIFIC AMERICAN October 2008)

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