
遺伝子検査が急激に普及し,狙われやすいデータが人々の医療記録に付け加わる日が間もなくやってくる。個人の詳細な健康データを知りうるようになれば,健康保険会社や生命保険会社は厄介な病気を抱えている人の保険加入を拒否,雇用主は自社の保険制度の負担を避けるため,そうした人を解雇したり採用を拒んだりしかねない。差別に関するこれらの懸念は現実のものとはなっていない。ただし,いまのところは,というべきだろう。
遺伝的プライバシーの保護は多くの人が考えているよりもずっと複雑で,最近米国で制定された「2008年遺伝情報差別禁止法」でもほとんど保護されない。検査が普及して情報の乱用が広がる前に,よりよい規制法を整備する必要がある。
医療情報がデジタルデータとして保存されるようになると,保護に関する問題はさらに厄介になってくる。部外者が個人の健康情報を調べるのがますます容易になるからだ。
しかしそもそも,すべての医療情報を記載したリポートがなくても,十分に有効な治療ができる場合がある。ねんざの治療には,その患者が遺伝的に乳がんになりやすいかどうかを知る必要はないし,虫歯の治療にハンチントン病の家族歴を知っても無意味だ。また個人の健康に基づいて決定を下すことが正当な場合もある。例えば電力会社は,発作を起こしやすい人を電柱のてっぺんで電線を固定する作業員としては雇いたくないだろう。
問題は開示される情報の量だ。電力会社の場合,求職者について数十年後に心臓病になる可能性を高めるような遺伝子変異を持っているかどうかを知る必要などない。足の骨折に対する労災保険請求を審査する場合に,性機能に関する健康情報は必要ない。自動車事故で歯が欠けたという請求を扱う保険査定人には,当事者の遺伝子検査の結果などまったく必要ない。だが健康情報の開示を認めた現行法のほとんどは非常に大まかで,開示範囲に何の限界も定めていない。
現行法では弱い保護しかできない。新たな法律を整備して,個人が自分自身のデータを管理できる権限を強め,他者による不当な開示を制限し,違反者を罰する必要がある。これらに取り組むことは,医療情報プライバシーの未来を築く効果的な第一歩となるだろう。
著者
Mark A. Rothstein
ルイビル大学医学部教授,生命倫理・健康政策・法律研究所所長。2001年から2008年にかけて,米国人口動態・保健統計委員会(保健福祉長官の諮問機関)でプライバシー・守秘義務小委員会の委員長を務めた。
原題名
Keeping Your Genes Private(SCIENTIFIC AMERICAN September 2008)
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