日経サイエンス  2008年12月号

特集:ネットが蝕むプライバシー 

特集:ネットが蝕むプライバシー ITとテロの時代に

プロローグ

P. ブラウン(SCIENTIFIC AMERICAN編集部)

プライバシーをめぐって寒風が吹いている。変わることなく保護されるものと思われていたプライバシーの領分が,技術の進歩と反テロリズムという“至上命令”によって劇的に,そしておそらくは後戻りできない形で変わろうとしている。

 

 約10年前,サン・マイクロシステムズ会長のマクネリー(Scott McNealy)は「プライバシーの死」を宣言,「それを受け入れるしかない」と述べた。そして今,「プライバシーの秘匿」とは対極の考え方,「プライバシーの完全公開」を支持する人々が20代前半までの若者を中心に現れている。テロリスト捜索や伝染病感染者調査など公益の名の下に,本来ならプライバシーにかかわる個人情報を,当局から求められるケースも増えてきた。

 

 そうした状況にあっても,金融や商業,外交,医療など情報の機密を守ることが不可欠な分野は数多くある。さかのぼれば,米国建国の先達も個人のプライバシーを大いに尊重し,それが合衆国憲法の権利章典に盛り込まれた(ただし明文規定はない)。

 

 そもそもプライバシーとは何だろうか? プライバシーのジレンマとされる重要問題の中にはセキュリティーや健康政策,保険さらには自己表現の問題として理解されるべきものが紛れている。

 

 プライバシーを現代社会における重要課題に押し上げたのはテロリズムとデジタル技術だ。ただ,プライバシーの将来について今,私たちが考えるのには別の理由もある。その1つは来るべき米国大統領選挙だ。米国では政府による盗聴に関する法的枠組みが今,大きく変わりつつある。2つめの理由はプライバシーにかかわる情報の開示によって,個人や社会が大きな利益を得られるケースが現れていることだ。例えば個々人の医療記録や遺伝情報を電子化し,それらを治療や病因解明に活かせば医療の質が上がる。

 

 3つめの理由として先進技術によってプライバシーどころかセキュリティーさえもが,空前の脅威にさらされている実情がある。現在,自ら個人情報を開示する人が増えており,そうした情報が意図せざる形で脅威を招いている面もある。

原題名

Privacy in an Age of Terabytes and Terror(SCIENTIFIC AMERICAN September 2008)

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