日経サイエンス  2008年10月号

ゲノムが語る人類の拡散

G. スティックス(SCIENTIFIC AMERICAN編集部)

ヒトとチンパンジーのDNAの違いは1~2%程度といわれるが,ヒトどうしでも0.1%程度の個人差がある。この差は現生人類が誕生してから現代までの変化の歴史を物語るものだ。この遺伝的な多様性から,現生人類が世界中にどのように広がっていったかを解読しようとする研究が進んでいる。

有名なのは,ミトコンドリアDNAとY染色体を対象とした研究だ。細胞のエネルギー生成器官であるミトコンドリアDNAは母親から子に受け継がれる。現在のすべての人類の母親をたどっていくと,約20万年前のアフリカの1人の女性「ミトコンドリア・イブ」が共通の祖先となるという。一方,Y染色体は父親から息子にだけ受け継がれる。これらを調べると,女系,男系の人類がたどった道筋が浮かび上がってくる。

私たち人類の起源については,従来対立する2つの説があった。アフリカで生まれた現生人類がそこから世界各地に移住し,ホモ・エレクトスなど先行人類に取って代わったという“出アフリカ”説と,アフリカだけでなくすでにアジアやヨーロッパにもいた先行人類が,独自に現生人類へと進化したという多地域進化説だ。DNA研究の成果は,この議論にほぼ決着をつけた。

最近は世界中のより多くの人々を対象に,ゲノム全体を調べる計画も進んでいる。これにより現生人類とネアンデルタール人の混血はあったのか,また人類が世界各地に移住してから,環境変化に対してどのように進化したかといったことも明らかになるかもしれない。



再録:別冊日経サイエンス194「化石とゲノムで探る 人類の起源と拡散」

原題名

Traces of a Distant Past(SCIENTIFIC AMERICAN July 2008)

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