日経サイエンス  2008年8月号

サイエンス2.0 ウェブが変える研究スタイル

M. M. ワールドロップ(サイエンスライター)

 第1世代のワールド・ワイド・ウェブ(WWW)によって,小売業や情報検索は急速な変容を遂げた。そして,近年登場したブログやタギング,ソーシャルネットワークなどのいわゆる「ウェブ2.0」によって,インターネットは情報を収集するだけの場ではなく,情報を発信したり,その情報編を集したり,コラボレーションしたりする場として,その能力を急激に拡大している。旧来の制度や慣習が根強く残るジャーナリズムやマーケティング,さらには政治家の活動までもが,このまったく新しい考え方と仕組みを受け入れるよう迫られている。

 

 そして,次に変化を求められるのは科学界だ。一部の研究者(若手研究者だけではない)はオープンなウェブ2.0ツールによって自身の研究を公開し始めており,少数だがその数を増やしつつある。こうした取り組みは散発的でまだ“潮流”と呼べるほどではないものの,これまでの事例から,ウェブを基盤とした“サイエンス2.0”によって従来よりも研究者どうしが対等になり,研究ははるかに生産的になるだろう。

 

 しかし,こうしたオープン性に慎重な意見を持つ科学者は多く,競争の激しい生物医学分野は特に顕著だ。特許や昇進,終身在職権(テニュア)は新たな知見を誰よりも早く論文発表できるかどうかにかかっているからだ。そうした環境に身を置く科学者にとってサイエンス2.0は危険なものに映る。真剣に取り組んでいる研究をブログやソーシャルネットワークに公開するのは,自らの研究ノートを荒らしてくれと言わんばかりで,悪くすれば最も有望なアイデアをライバルに盗用されてしまうこともありうる。

 

 こうした賛否両論の中,先駆的なプロジェクトが始まっている。

著者

M. Mitchell Waldrop

執筆当時はワシントン在住のフリーランスの科学ライター。現在はネイチャーの論説委員を務めている。複雑系の研究で知られるサンタフェ研究所の設立をめぐる舞台裏を描いた『複雑系─科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』(新潮文庫)は日本でもベストセラーになった。最新の記事は,日経サイエンス2008年2月号の「ナノテクが生んだ光干渉ディスプレー」。

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