
「166人に1人」。米国では最近,この統計数字を耳にすることが多くなった。広く公表された推計によると,この数字は自閉症の子どもたちの割合だ。過去数十年にわたって自閉症研究者が認めてきた「2500人に1人」という数字に比べ,驚くほど高い。1993年から2003年のほんの10年で,米国教育省による全米の自閉症罹患率の統計値は657%の増加を示した。
無理もないが,多くの研究者と教育者はこれを「自閉症の異常発生」と呼んだ。しかし,実のところはどうなのだろう?
自閉症の原因は謎のままだが,双子を調べた研究から,遺伝的な要因が大きいと考えられている。しかし,遺伝的影響だけでは,たった数年で自閉症罹患率が激増した説明はつかない。
そこで研究者たちは環境要因に目を向けた。自閉症の原因として疑われている環境要因には,抗生物質やウイルス,アレルギー,わずかな自閉的形質を持つ人どうしが結婚して子どもをもうける機会が増えたこと,などがある。ただし,これらのうち組織的に調べられたものはほとんどなく,どれも推測の域を出ていない。
このなかで絶大な関心を呼んでいる環境要因が1つある。ワクチンだ。一見すると,なるほどワクチンは自閉症急増のもっともらしい原因に思える。自閉症の症状が現れるのは一般に2歳過ぎで,幼児がさまざまな予防接種を受けてから間もないころだ。実際,自閉症児の親の多くが,子どもが予防接種を受けた直後に自閉症を発症したと主張している。耳下腺炎とはしか,風疹のためのいわゆる「MMRワクチン」などだ。
1998年以降,ワクチンと自閉症の関連をめぐって大騒ぎが起こったが,最近発表された研究は否定的な結果を示している。米国とヨーロッパ,日本で行われた複数の大規模調査は,MMRワクチンの接種率が一定あるいは低下したにもかかわらず,自閉症と診断された子どもの割合が急上昇したことを示している。米国科学アカデミー医学院は一連の研究結果を総括し,ワクチンが自閉症の原因である証拠はほとんどないとしている。
問題をさらに厄介にしているのは,自閉症の異常発生がそもそも実在するのか疑わしい理由がたくさんあることだ。自閉症の診断基準は時とともに範囲が広くなっており,かなり軽症の人たちが自閉症と診断される結果となっている。また,法律や制度の変更も,少なからぬ影響を及ぼしている可能性がある。
自閉症の異常発生は幻ではないだろうか。
ウィスコンシン大学マディソン校の心理学者シャタック(Paul Shattuck)は「診断の入れ替わり」を指摘している。自閉症の診断率が1994年から2003年にかけて増えた一方,精神遅滞と学習障害の診断率は減った。自閉症に似た特徴を示す子どもの総数はほぼ一定だったのに,どの障害に診断・分類されるのかが変わった可能性がある。
自閉症罹患率が上がっている可能性を除外するのは時期尚早だが,これまで示されてきたような急増が実際に生じているとは考えにくい。
著者
Scott O. Lilienfeld / Hal Arkowitz
リリエンフェルドはエモリー大学教授,アルコビッツはアリゾナ大学教授で,ともに専門は心理学。SCIENTIFIC AMERICAN MINDのコラムニストも務めている。
原題名
Is There Really an Autism Epidemic?(SCIENTIFIC AMERICAN BODY December 2007)
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