日経サイエンス  2008年6月号

愚かな宇宙軍拡競争

T. ヒッチェンス(米国・防衛情報センター)

 「高地を確保し維持せよ」とは,古来からの戦法だ。人も装備も宇宙空間に入った現代においては,世界中の軍司令官が地球軌道を戦争のカギと見なすのは当然だろう。しかし最近まで,その趨勢は宇宙の軍事利用とは逆の方向に向いていた。衛星を攻撃する通常ミサイルや軌道上への兵器配備を明確に禁じる国際協定や法律がないにもかかわらず,ほとんどの国はそうした兵器を避けていた。巨額の費用がかかる宇宙軍拡競争によって,世界的な勢力の均衡が崩れることを怖れたためだ。

 

 ところが,その暗黙の了解が今や破綻の危機にある。

 

 2006年10月,ブッシュ政権は以前よりも曖昧な表現が目立つ新たな「国家宇宙政策」を採択した。新政策は米国が「宇宙統制」を仕切る権利を主張し,「米国の宇宙利用を妨害あるいは制限しようとする新たな法体制その他の規制」を認めないとしている。

 

 その3カ月後,中国が自国の老朽化した気象衛星「風雲」を撃ち落として世界に衝撃を与えた。この撃墜の結果,軌道上では多数のデブリ(破片)が飛び交う危険な嵐が吹き荒れ,中国には国際的非難が浴びせられた。衛星撃墜専用兵器の発射実験は20余年ぶりのことであり,中国は今回,米国とロシアに続いてそうした技術を実証した3番目の国となった。この実験が宇宙戦争時代の出現を告げる第一弾になるのかどうか,多くの人々が注目した。

 

 宇宙戦争を遂行する手段を開発することで国家の安全が強化されるかどうかはまったくもって不明だと,宇宙兵器を批判する専門家たちは主張する。結局のところ,衛星や軌道兵器はその性質上,比較的見つけやすく,追跡も容易だ。どんな防御対策を講じたところで,攻撃に対して極めて脆弱なことに変わりはないだろう。さらに,ある国が対衛星攻撃システムを開発すると,他の国々もそれに対抗せざるをえないと判断して,巨費を要する際限のない軍拡競争につながるのはほぼ必至だ。

 

 また実際の宇宙戦争はもちろん,必要となる技術を実験するだけでも膨大な量のデブリが生じ,それが軌道を回り続けることになる。衛星や有人宇宙船に秒速数kmで迫ってくる宇宙デブリは,衛星通信や気象予報,航行支援,さらには軍の指揮系統まで脅かし,世界経済を1950年代に逆戻りさせてしまう恐れがある。

著者

Theresa Hitchens

ワシントンの防衛情報センターの理事として,Secure World財団と共同で宇宙安全保障プロジェクトを指揮している。著書に『Future Security in Space: Charting a Cooperative Course』(Center for Defense Information,2004)がある。1998年から2000年まではDefense News誌の編集者として活躍し,ジャーナリストという立場で軍事,防衛産業,NATO(北大西洋条約機構)情勢を追ってきた。つい最近まで防衛シンクタンクの英米安全保障情報評議会の研究責任者も務めていた。

原題名

Space Wars(SCIENTIFIC AMERICAN March 2008)

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