
加速を続ける宇宙膨張によって,宇宙そのものの起源を示す証拠がいずれ消し去られてしまう。ビッグバンの証拠が消えていく。
10年ほど前,宇宙膨張が加速していることが発見された。天文学者たちはこの画期的発見の意味を追究しているが,このまま加速膨張が続くとついには銀河が光速を超えるスピードで散り散りに引き裂かれ,私たちからは見えなくなるだろう。この結果,宇宙膨張を観測するための基準点がなくなるうえ,ビッグバンの特徴的な産物(宇宙背景放射など)が薄められて無に帰す。つまり,過去にビッグバンが起こったことを示す証拠がすべて消えてしまう。
いまから1000億年後,遠い未来の科学者たちが夜空を観測すると何が見えるだろうか? 望遠鏡なしで見れば,現在の私たちが見ているのとほぼ同様,銀河系を構成するたくさんの星々が見えるだろう。しかし,未来の科学者が銀河系外の銀河を観測できるような望遠鏡を建設したとき,大きな違いが生じる。何も見つからない! 近傍銀河は天の川銀河と合体して1つになってしまっているし,その他の銀河は事象地平の彼方に去り,とっくに消えているだろう。
銀河が事象地平に近づくにつれ,銀河の赤方偏移は際限なく大きくなっていく。1000億年後に全銀河の赤方偏移は5000を超え,10兆年後には10の53乗というとてつもない値になる。こうなると,宇宙で最も高エネルギーの光も,あまりにも大きく赤方偏移する結果,波長が事象地平までの距離を超えてしまう。これらの物体は,私たちには本当に,そして完全に見えなくなる。この結果,未来の科学者にはハッブル(Edwin Hubble)が成し遂げた「宇宙膨張の発見」という重要な発見ができなくなるだろう。
未来の天文学者はビッグバンの証拠をどこか別のところに求められないだろうか。宇宙マイクロ波背景放射によって,宇宙のダイナミックな本性がわかるのでは? 悲しいかな,「ノー」だ。
宇宙が膨張するにつれ,背景放射の波長は引き伸ばされ,放射はさらに希薄で弱くなる。宇宙が1000億歳になると,マイクロ波背景放射のピーク波長はメートル級になり,もはやマイクロ波ではなくラジオ波となる。放射の強度は1兆分の1に弱まり,検出は不可能だろう。
では元素の存在量を手がかりにビッグバンを知ることはできないだろうか? ここでもまた,答えは「ノー」になりそうだ。
無情にも,私たちは非常に奇妙な結論にたどりついた。宇宙の時代のなかで,知的な観測者が膨張宇宙の本質を推論できる時代は,実は非常に短いのかもしれない。さらに重要なことに,私たちがビッグバンの証拠となる観測事実をすべて検出できる幸運な時代に生きているのは確かだとはいえ,宇宙の他の基本的な側面が現在すでに観測不能になっているということも容易に想像できる。
私たちがすでに失ってしまったものは何なのか? 独りよがりにならず,謙虚に考えるべきだ。おそらくいつの日か,宇宙に関する現在の完全なように思える理解が,ひどく不十分なものだと気づくことになるだろう。
著者
Lawrence M. Krauss / Robert J. Scherrer
クラウスとシェラーは2年前,クラウスがサバティカルでナッシュビルにあるバンダービルト大学に滞在し,現地のホンキートンクすべてを知るようになったころに,共同研究を始めた。クラウスはケース・ウェスタン・リザーブ大学の宇宙論研究者で,同大学の宇宙天体物理学教育研究センターの所長。7冊の著作があり,一般人の科学理解に向けて積極的に活動している。シェラーは宇宙論研究者でバンダービルト大学の物理・天文学科長。SF作家としての著作もある。宇宙論研究が不可能になるまでにはまだ時間が残されているので,2人とも研究を楽しんでいる。
原題名
The End of Cosmology?(SCIENTIFIC AMERICAN March 2008)
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