日経サイエンス  2008年4月号

多世界から生まれた計算機

古田彩(日本経済新聞科学技術部)

 現在のスーパーコンピューターをもってしても何億年もかかる計算を一瞬のうちに解いてしまうとされる「量子コンピューター」。世界の先進的な大学や企業が研究にしのぎを削る注目分野だ。

 

 量子コンピューターは「ミクロ世界で生じる状態の重ね合わせを利用して計算するから速いのだ」と,一般には説明されている。しかし,基礎理論を構築した英国の物理学者ドイチュ(David Deutsch)にいわせると,量子コンピューターは「多数の並行宇宙を使って計算する計算機」だ。「その能力の源泉は,膨大な数の並行宇宙で計算を分担する点にある」。この言葉からもわかるように,エヴェレットの多世界解釈なしにはドイチュの発想もなかったといえる。

 

 現在のコンピューターのプロセッサーをいかに高速化してたくさんつなげても,量子コンピューターにはならない。「計算する」ということそのものを,現在のコンピューターとはまるで違う視点からとらえたユニークなマシンが量子コンピューターだ。計算は数学ではなく,物理的に表された情報を変化させる物理過程──という考え方が基本となった。

 

 エヴェレットに劣らず型破りな物理学者ドイチュと,同時代の科学者たち,その柔軟な頭脳から生まれた量子情報科学という新しい科学の流れを紹介する。

 

 

別冊日経サイエンス161 「別冊161 不思議な量子をあやつる 量子情報科学への招待」に加筆して再録

著者

古田彩(ふるた・あや)

日本経済新聞科学技術部記者。現在は医療分野を担当。2004年3月から1年間,本誌の編集部員を務めた。2001年の夏休みに英国のドイチュのもとに“押しかけ取材”を敢行し,本人によると,それ以来「良好な状態」が時間発展している。量子情報科学分野のトピックにあまりに熱心なことから,同僚の間では「どこかの並行宇宙でドイチュに恋しているに違いない」と解釈されている。今回協力を得たドイチュ,ベネットら各氏のほか,ケネス・フォード,井元信之両氏の助力に感謝している。

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