日経サイエンス  2008年2月号

ナノテクが生んだ光干渉ディスプレー

M. M. ワールドロップ(サイエンスライター)

 新しい携帯電話を購入する機会があったら,表示パネルをよく観察してほしい。クアルコム社の思惑どおりに事が進めば,その小さなディスプレーは「バタフライ効果」という言葉にまったく新しい意味を加えるかもしれない。

 

 最近,サンディエゴを拠点とするクアルコムが発表した干渉変調(Interferometric Modulation,IMOD)ディスプレーは,蝶の羽ばたきが気象に与える影響とは何の関係もないが,人工的に作られた微細構造で,熱帯の青い蝶の羽と同じような光彩を生み出している。クアルコムはこの“バタフライ効果”によって,現在ディスプレー市場で優勢な液晶よりも優れた表示が可能になるとみている。

 

 何より,IMODディスプレーはモバイル機器の電池消耗が非常に少なくてすむのが大きな利点だ。たいていの液晶ディスプレーはバックライトがなければ見えないので,携帯電話でのインターネット閲覧やメールの送受信,ゲーム,動画や音楽の視聴が増えるにつれ,電源管理の問題に直面することになる。これに対してIMODディスプレーは紙や蝶の羽と同様に周囲の光を反射することによって表示するので,バックライトはいらない。

 

 「IMODディスプレーはモバイル機器の電源のわずか6%しか消費しないが,液晶は50%に達する」というのは,クアルコムの事業開発部長キャセイ(James Cathey)だ。つまり,IMODを搭載したモバイル機器なら,1回の充電でより長い時間使用できるわけだ。電力を暗所での補助照明にまわす余裕すらある。「一般的な使用環境であれば,IMODディスプレー搭載の携帯電話なら動画を140分以上視聴できる。液晶は50分少々だ」とキャセイは指摘する。

 

 もちろん液晶の代替候補は,有機ELから電気泳動式電子ペーパーに至るまでたくさんある。それぞれが低消費電力や陽光下の視認性,高速応答などのいずれかを備え,IMODディスプレー並みの性能を持つものも少なくない。だが,これらすべての機能を同時に満たすディスプレーはいまのところIMOD以外にはないため,クアルコムは自信を持っている。

 

 

再録:別冊日経サイエンス202「光技術 その軌跡と挑戦 」

著者

M. Mitchell Waldrop

ワシントン在住のフリーライターで,Science誌の元シニアライター。複雑系の研究で知られるサンタフェ研究所の設立をめぐる舞台裏を描いた『複雑系─科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』(新潮文庫)は日本でもベストセラーになった。最新の記事は,日経サイエンス2007年11月号の「どこにでも設置できる計算センター」。

原題名

Brilliant Displays(SCIENTIFIC AMERICAN November 2007)

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