日経サイエンス  2008年1月号

ダイヤモンドで実現するスピントロニクス

D. D. オーシャロム R. エプスタイン R. ハンソン(いずれもカリフォルニア大学サンタバーバラ校)

 電子は一種の自転をしていて,これをスピンという。電荷を帯びた粒子が自転をすると磁石としての性質を持つ。だから電子は微小な棒磁石に見立てることができ,自転の方向の違いはスピンの向きの違い(棒磁石の向きの違い)になる。電荷と同時にスピンも用いる技術をスピントロニクスという。例えばスピンの向きの違いを「1」と「0」として情報処理をする。

 

 コンピューターに搭載されているハードディスクの読み出しヘッドは,「巨大磁気抵抗効果」とよばれるスピンが関係する現象を利用してディスク上の微小な磁区を検出する(巨大磁気抵抗効果の発見は2007年のノーベル物理学賞を受賞した)。

 

 実用化されているこのようなスピントロニクスは,同じ方向を向く大量のスピンを一斉に操作するのに対し,最近は,個々の電子のスピンを制御する技術が発展してきた。目指すは,1つ1つのスピンを,同時に「1」にも「0」にもできる量子ビット(キュービット)として利用する量子コンピューターだ。量子コンピューターは,ある種の超並列処理を可能にし,データベース検索などで従来のコンピューターを大きく上回る性能を発揮する。その実現に向けてさまざまなアプローチが試みられているが,小さなデバイスの可能性やこれまでのエレクトロニクスの経験と技術を生かせるという点で,固体量子コンピューターに寄せられる期待は大きい。

 

 その材料として最近注目を集めているのがダイヤモンド。ダイヤモンドに不純物を添加し,それによってもたらされる特殊な微細構造の周囲を巡る電子が持つスピンを利用する。そのスピンは周囲の環境からの雑音に対してきわめて強く,「0」でもあり「1」でもあるという量子力学的性質を室温でも十分長い時間保つことができる。室温動作する量子コンピューターが実現するかもしれない。その美しさで私たちを魅了してきたダイヤモンドが,スピントロニクスの未来を切り拓く。量子エレクトロニクスの未来は,ダイヤモンドの輝きに照らされている。

 

 

再録:別冊日経サイエンス別冊161 「不思議な量子をあやつる 量子情報科学への招待」

著者

David D. Awschalom / Ryan Epstein / Ronald Hanson

3人はカリフォルニア大学サンタバーバラ校スピントロニクス・量子計算センターに所属。オーシャロムはそのセンター長であり,物理学と電気・情報工学の教授。研究対象は主に半導体中の電子スピンだ。エプスタインはオーシャロムのグループでダイヤモンド中の窒素-空孔中心を研究しPh.D. を取得した。現在はコロラド州ボールダーの米国立標準技術研究所(NIST)のポスドクだ。ハンソンはこのグループのポスドクだったが,現在はオランダのデルフト工科大学カブリナノサイエンス研究所の物理学の助教。Ph.D. はデルフト工科大学から授与されており,当時の研究対象はガリウムヒ素量子ドット中の電子スピンだった。

原題名

The Diamond Age of Spintronics(SCIENTIFIC AMERICAN October 2007)

サイト内の関連記事を読む

キーワードをGoogleで検索する

CVD法MRAMN-V中心スピンホール効果化学気相成長法単一光子源巨大磁気抵抗効果磁気抵抗ランダムアクセスメモリー窒素―空孔中心量子コンピューター