
今日,8億人が飢えているとはいえ56億人の食は足りている。これに対し,1960年当時の世界人口は約30億人で,そのうち,きちんとものを食べていたのは20億人にすぎない。食糧供給がこれほど劇的に増えた背景には農業技術の発展がある。20世紀の「緑の革命」だ。優れた特性をもつ株の選抜と,異なる品種どうしの交配によって高収量のハイブリッド品種が誕生した。その種子は世界に広く行き渡り,途上国の農家の生産性は上がって収益が向上,農作物は安く大量に市場に出回るようになった。
そして21世紀の今,第2の緑の革命とでもいうべき「遺伝子革命」が始まろうとしている。数十年をかけて遺伝子組み換え技術が進展した結果,ある生物の遺伝子を別の生物に移して有用な新しい形質をもつ品種を作れるようになった。遺伝子組み換え作物は栽培の是非に対する論議が続きながらも,史上,どの農業技術より急速に普及しつつある。
組み換え作物が飢餓を真の意味で大きく緩和するためには,組み換え作物の栽培に純粋に経済的メリットがあることを貧しい農民たちが納得する必要がある。実際,最近報告された信頼性の高い調査では,途上国の農民が組み換え作物を育てることで現実に利益を得ていることが示されている。高価な組み換え作物の種子の購入に伴う支出増を補って余りある収量増と使用農薬量の抑制が認められた。組み換え作物については「規模の経済」の利点を生かせる大規模農家だけを利するとの見方が広く受け入れられていたが,調査データはそうした認識とは異なる現実を示している。
一方,組み換え作物が抱えるリスクに,作物に導入した異種遺伝子が関連作物や野生植物へと拡散する「遺伝子流動」がある。組み換え作物に対する耐性をもつ害虫が出現するリスクや,組み換え作物を口にすることで消費者の健康に害が及ぶのではないかと不安視する向きもある。
著者
Terri Raney / Prabhu Pingali
レイニーはローマにある国連食糧農業機関(FAO)の農業開発経済部の上級エコノミストで,FAOの年報である世界食料農業白書の編集責任者。オクラホマ州の小さな農場で育ち,オクラホマ州立大学で農業経済学のPh.D.を取得。現在は夫とともにローマ郊外サビニ丘陵のオリーブ農場で暮らしている。ピンガリはFAOの農業開発経済部長。インドのハイデラバード出身で,経済学のPh.D.をノースカロライナ州立大学で取得。緑の革命と,農業分野の技術革新に関する国際的に認められた専門家でもある。2007年には米国科学アカデミーの海外準会員に選出された。本文に述べられた見解は著者らのものであり,必ずしもFAOの見解を反映したものではない。
原題名
Sowing a Gene Revolution(SCIENTIFIC AMERICAN September 2007)
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