日経サイエンス  2007年9月号

染色体の端を守る“動く遺伝子”

藤原晴彦(東京大学)

 細胞が分裂するたびに,染色体の端は短くなっていく。身体を構成する普通の細胞ではそれが細胞の寿命を決めているが,次世代に受け継がれるべき卵や精子,それに細胞の不足分を補う幹細胞では寿命があっては困る。こうした細胞や,さらにはがん細胞では,分裂のたびに短くなる端を継ぎ足す特殊な酵素が働いており,理屈の上では無限に分裂を繰り返すことが可能だ。

 

 ところが,昆虫の中にはこの酵素がなかったり,十分に働いていない種がある。これでは生殖細胞の染色体がどんどん短くなり,いずれは種が滅んでしまう。こうした種では,ゲノム中に潜んで自らのコピーを作ってはまた侵入を繰り返す寄生体のような“動く遺伝子”が端を継ぎ足す役目を担っていることがわかってきた。実は,この動く遺伝子と端を継ぎ足す酵素,さらにはエイズで一躍有名になったレトロウイルスは進化的に近い関係にある。動く遺伝子が,宿主の染色体を守る共生関係を結ぶようになったのだ。染色体の端を維持する機構を,これらの奇妙な因子から見ていこう。生命進化のありようの一例が,そこから見えてくる。

著者

藤原晴彦(ふじわら・はるひこ)

東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻遺伝システム革新学研究室教授。研究室のキャッチフレーズは「擬態,変態,染色体」で,おもに昆虫を材料にしながら,進化における適応戦略を分子レベルで解明しようとしている。今回の染色体をテーマにした記事では,小島健司,長内美瑞子,矢口諭の各氏と共同で行った研究成果の一部を紹介した。

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