日経サイエンス  2007年9月号

素粒子宇宙論の誕生

D. カイザー(マサチューセッツ工科大学)

 宇宙の起源に迫る素粒子的宇宙論(素粒子宇宙論)は物理学では比較的新しい領域だ。1970年代になるまで,素粒子物理学と宇宙論はまったく別の研究領域だと考えられていた(特に米国ではそうだった)。
 
 1960年代末,素粒子物理学に対する米国政府の研究支援が削減され始めたことをきっかけに,この分野の米国の科学者たちは研究領域を重力理論や宇宙論へと広げた。1980年代になると,初期宇宙に関する研究が高エネルギー現象を調べる新たな方策になることがわかった。それ以来,この融合領域が物理学のなかでも最も実り豊かな分野として発展してきた。
 
 その歴史を語るには,2つの理論がたどった運命に焦点を当てるのがよい。重力理論の専門家が提唱した「ブランス=ディッケ場」と,素粒子物理学者の頭を悩ませてきた「ヒッグス場」だ。どちらの理論も,1950年代後半から60年代初めに多くの科学者たちが取り組んだ1つの問題に対する考え方として生まれた。「物質はなぜ質量を持つのか」という問題だ。
 
 これらの理論が素粒子物理学と宇宙論を統合する原動力になったわけではないが,両理論の発展の軌跡は2つの研究分野がどのように1つに収束したのかを物語る。ただ,新理論だけでは,素粒子的宇宙論への道を開くには不十分だった。政策と教育の変化も大きな役割を果たした。
 
 1980年代以降,インフレーション理論に代表される素粒子宇宙論の研究が飛躍的に進み,ブランス=ディッケ場とヒッグス場,インフラトンという3つの場を関連づけるのは当然のこととなった。かつては考えられなかったような概念的急変が,たった2?3世代後の科学者たちにとっては当然すぎて気づきもしないものになった。この変化は,教育の力と,制度上の変化が科学思想に及ぼす大きな影響を示している。

著者

David Kaiser

物理学者,科学史家。ハーバード大学で理論物理学と科学史のPh. D. を取得。現在はマサチューセッツ工科大学で「科学・技術と社会プログラム」の准教授と物理学科の講師を務めている。最近の著書「Drawing Theories Apart: The Dispersion of Feynman Diagrams in Postwar Physics」(University of Chicago Press,2005)はファインマン(Richard Feynman)による量子物理学への独特のアプローチがいかに本流になったかを追跡した。現在,冷戦時代の物理学,特に大学院教育の変化に関する著作を仕上げている。物理学では素粒子的宇宙論の研究に集中,宇宙のインフレーションと超ひも理論による余剰次元の整合性を取る方法を研究している。

原題名

When Fields Collide(SCIENTIFIC AMERICAN June 2007)

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