
シャルルの法則にその名を残すフランスの物理学者シャルル(Jacques Charles)は,1783年の晩夏のパリで驚くべき実験をやってみせた。ゴムで覆った絹製の気球に空気より軽い水素を詰め,上空3000フィート(約900m)まで浮き上がらせたのだ。その光景を目の当たりにした農民たちは恐ろしさに震えあがり,気球が着地した途端に破壊してしまったという。しかし,シャルルの挑戦は2世紀以上たったいまもなお研究の対象となっている。それは,宇宙で最も軽い元素である水素を輸送に活用するという挑戦だ。
燃やして使うにせよ,燃料電池に活用するにせよ,水素はいくつかの理由で未来の自動車燃料として魅力的な選択肢となっている。水素はさまざまな種類の原料といろいろなエネルギー源(再生可能エネルギーや原子力,化石燃料)を使って生成でき,毒性がないため,多岐にわたる機器のエネルギー源として活用できる可能性がある。燃やしても温暖化ガスである二酸化炭素を排出しないのも魅力だ。
また,水素を燃料電池(水素と酸素から電力を生み出す装置)に供給すれば電気自動車の動力源になり,副産物は水と熱だけだ。そのうえ,燃料電池車は現在の自動車よりもエネルギー効率が倍以上優れている。ゆえに,水素は環境問題や社会問題の解決に役立つと考えられ,大気汚染やそれに伴う健康被害,地球規模の気候変動,石油の海外依存といった諸問題を軽減できるかもしれない。
しかし,水素を自動車燃料として使うには依然として大きな問題が立ちはだかっている。水素は同じ質量のガソリンの3倍のエネルギーを備えているものの,従来の液体燃料のようにかさばらず簡単に貯蔵するのは現行の技術では不可能だ。燃料電池車の最大の障害は,望みの航続距離や性能を実現する十分な量の水素をいかに効率よく安全に積み込むかにある。つまり,これらの条件を完全に満たすような水素貯蔵の方法を見つけ出さなければ燃料として活用するのは難しい。
著者
Sunita Satyapal / John Petrovic / George Thomas
3人は米国エネルギー省(DOE)の水素貯蔵技術における応用研究開発プログラムに従事している。サティヤパールは学界や産業界でさまざまな役職の経験を持ち,DOEにおける水素貯蔵の応用研究開発チームのリーダーである。ペトロビッチは国立ロスアラモス研究所の特別研究員を引退した後,DOEの顧問や米国セラミックス学会と米国材料学会インターナショナル両方の特別研究員を務める。現在,DOEの顧問であるトーマスは,国立サンディア研究所で30年以上,水素が金属に与える影響を研究してきた。本文はあくまでも著者らの個人的見解であり,米国エネルギー省の立場を反映するものではない。
原題名
Gassing Up with Hydrogen(SCIENTIFIC AMERICAN April 2007)
サイト内の関連記事を読む
ハイブリッドタンク/化学系水素化物/圧縮水素ガス/有機ハイドライド/水素吸着材料/水素吸蔵合金/水素貯蔵材料/液体水素/錯体系水素化物
キーワードをGoogleで検索する
圧縮水素ガス/液体水素/水素貯蔵材料/水素吸蔵合金/錯体系水素化物/化学系水素化物/水素吸着材料/有機ハイドライド/ハイブリッドタンク