
ヒトの視覚能力は驚嘆すべきものだが,私たちはそれを当然のこととしてしまい,物を見るプロセスを改めて考える機会はあまりない。長年,ヒトの視覚処理メカニズムを説明するときには,テレビカメラがたとえに使われてきた。まず,目のレンズ(水晶体)が網膜でうまく像を結ぶようにピントを合わせる。眼球の内側を覆う網膜には光受容体がずらりと並んでおり,この光検出装置が入射光を電気シグナルに変換する(その詳しい仕組みはまだ不明だ)。この電気シグナルは視神経を経由して脳へと送られ,そこで情報が処理されるという。
ところが私たちや他のグループが行った実験から,この比喩は不適切なことがわかってきた。実際には網膜によってかなりの前処理が行われており,外界情報の加工ずみの表現が小分けにされて脳へと送られているらしい。脳はこうした加工された情報を使って本格的な解釈を行っているのだ。
私たちはヒトの網膜とよく似たウサギの網膜を使った研究で,この意外な結論に達した。その前にもサンショウウオを使った研究で同様の結果を得ている。網膜は,外部世界の情報をもっと直接的に得ようとして脳が末梢方向へぐいっと出てきたようなものだ。網膜はどのようにして,脳へ送る表現を構築しているのだろう?内容の濃い現実世界の情報をどのような様式にしているのだろう?この表現は,脳の視覚中枢に達した時にどのように“見えて”いるのか?脳による解析を容易にするために何らかの意味を運んでいるのだろうか?こうした興味深い謎が解けつつある。
著者
Frank Werblin / Botond Roska
2人は1990年代の初頭にカリフォルニア大学バークレー校で網膜の機能に関する多くの研究をした。ワーブリンは現在,同校の神経科学の教授。1973年には,網膜ニューロンに特有の生理的特徴に関する記事をジョンズ・ホプキンズ大学のダウリング(John Dowling)とともに本誌に執筆した。ロスカは現在,スイスのバーゼルにあるフリードリッヒ・ミーシャー生物医学研究所のグループリーダーを務め,視覚経路を同定する遺伝学的手法の開発を手がけている。
原題名
The Movies in Our Eyes(SCIENTIFIC AMERICAN April 2007)
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