日経サイエンス  2007年7月号

ナノの世界を照らす次世代光技術 プラズモニクス

H. A. アトウォーター(カリフォルニア工科大学)

 現代社会は世界中に張り巡らされた光ファイバー網が基盤になっている。光は大量のデータを高速伝送できるが,コンピューター内でのデータ伝送となると,勝手が違ってくる。半導体チップ中の回路の幅は光の波長よりもはるかに狭く,それが足かせとなって,光の優れた特性が生かせないのだ。光信号が持つ膨大な量の情報を,いかにスムーズに狭い電子回路の中に流し込むか,多くの研究者が頭を悩ましているが,その突破口となりそうな新技術が登場した。「プラズモニクス」だ。

 

 エレクトロニクスでは回路内を流れる電子そのものを情報の担い手として利用するが,プラズモニクスが扱うのは「電子の波」だ。電気をよく通す金属は,自由に動き回る電子で満たされたいわば“池”。そこに光ビームを照射すると,池に石を投げ込んだときに生じる水面のさざ波のように,電子密度の疎密のパターンが波となって金属表面を伝わっていく。この電子密度の波を「プラズモン」という。

 

 近年,ナノテクノロジーの急速な進展でプラズモンを思い通りに操れるようになった結果,誕生したのがプラズモンを利用する技術,プラズモニクスだ。プラズモンは電子本体が動く速度よりも速く伝わるので,従来の電子回路よりも桁違いに大量のデータを高速伝送する道が拓ける。実際,実験室では,光信号をプラズモンの形でナノサイズのワイヤに押し込め,高速伝送することに成功している。

 

 応用はコンピューターにとどまらない。医療分野ではナノシェルという超微粒子に光を照射してプラズモンを発生させ,それによって腫瘍を破壊する治療法の研究が進んでいる。発光効率の高いダイオード,超高感度の化学センサーなどが有望視されている。自分の姿を透明化させる光学迷彩ができる可能性もある。SF映画に登場するような“見えない宇宙戦艦”が実現するかもしれない。

 

 

再録:別冊日経サイエンス202「光技術 その軌跡と挑戦 」

著者

Harry A. Atwater

カリフォルニア工科大学応用物理・材料科学部教授。コンピューティングやイメージング,再生エネルギーへの応用を目指したサブ波長スケールの光デバイスを研究。プラズモニックナノ構造の研究に加え,太陽光発電(太陽電池)の新材料の探求や太陽エネルギーを利用して化学燃料を生成する研究も行っている。

原題名

The Promise of Plasmonics(SCIENTIFIC AMERICAN April 2007)

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