日経サイエンス  2007年6月号

脳が生み出す色の錯覚

J. S. ワーナー(カリフォルニア大学デービス校) B. ピナ(ササリ大学) L. シュピルマン(フライブルク大学)

 もし世界から色がなくなったら,何か大事な要素が欠けたように感じるだろう。まさに,その通りだ。色のおかげで私たちは世界を正確に見ることができるうえに,さまざまな質感まで見てとれる。
 
 色の働きや本当の性質は,一般に正しく理解されていない。色は物体から反射する光の波長によって決まる物体固有の性質だと多くの人は信じている。だがこの考えは間違いだ。色は脳で生まれた感覚なのだ。もしも私たちが知覚している色が反射光の波長だけで決まるのならば,同じ物体でも照明の変化や背景光,もや,煙などによって全く違って見えるだろう。しかし脳の活動のおかげで,環境の変化にもかかわらず物体の色は比較的同じように見える。
 
 明るさだけでは区別しにくい物体も,色が違えば識別しやすくなる──色の効用はその程度のものだと多くの視覚研究者は考えている。色は一種のぜいたく品で,必要不可欠ではないとさえ言う人もいる。色盲の人や色覚がない動物も問題なく生活しているからだ。色の情報処理は脳での他の情報処理から独立していて,奥行きや形の認識には何の役にも立っていないと言われてきた。色は色相や彩度,明るさだけの問題だという考えだ。
 
 しかし,脳がだまされて色を見る“色の錯視”の研究から,脳内での色の処理は形や輪郭などほかの視覚属性の処理と緊密に連携していることがわかってきた。

著者

John S. Werner / Baingio Pinna / Lothar Spillmann

3人は過去10年,本記事で紹介する色の錯視について研究してきた。ワーナーはブラウン大学で心理学のPh. Dを取得した後,オランダの知覚TNO研究所で研究をし,現在はカリフォルニア大学デービス校の教授。イタリアのササリ大学の教授であるピナは,パドバ大学で学部・大学院時代を過ごした。シュピルマンはドイツのフライブルク大学の視覚心理物理学研究室の研究室長で,マサチューセッツ工科大学で2年間,網膜財団とマサチューセッツ眼科耳鼻科病院で5年間過ごした。サンフランシスコにある体験型博物館の錯視の展示は,ピナとスピルマンの2人が創作した。

原題名

Illusory Color and the Brain(SCIENTIFIC AMERICAN March 2007)

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